医師の言葉

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8月31日に比較的規模の大きな講演を終え、9月前半はここ数ヵ月余り時間を割けなかったことに時間を割くために費やそうと思っています。

その内の一つが、様々な事柄が原因で生きる希望を失っている人達と直接お目にかかりお話を聞き必要に応じて私の体験談を直接お話しすることです。

私は、日々のメールの回答に数時間をかける時も有りますし、一人の方の話を聞くのに半日以上かけることもあります。


日々の相談メールの返信は原則的に24時間以内に行っていますが、6月から8月にかけては殆どの週末も含め潰れたため、個人的にお目にかかる機会は極端に少なくなっていました。

これは、私の悩みの種でした。

何故なら、規模の大きい講演を聴きに来て下さるかたより小さな集会にこられる方々や個人的にお目にかかる方々の方が、より私の体験談を聴くことを必要としているからです。

今月に入ってから中旬以降まで大きな講演類は入れないようにしましたが、その分中小規模の集会や多くの個人の方々にお目にかかっています。

私が優先的にお目にかかる方は、様々な要因で希望を失い人生に絶望している方が多いのですが、ここで一つ統計数字に付いて述べさせて頂きたいと思います。


日本では、残念ながら13年連続年間の自殺者が30,000人を超えるという統計数字が出ています。


そして、その最大の理由が病気を苦にした自殺で、病気のトップスリーは癌、脳疾患、心臓疾患という統計数字も出ています。

しかし、トップスリーの病気の二つを体験し多くの医師の言葉に接し、更に多くの現代医療界に大きな不信感を持った人々から日々相談を受けている私にとっては、その先のメディアが実態を掴むことの出来ない統計数字が最大の問題なのです。

詰まり、病気を苦にして自殺した人の病名までは把握できても、実際に何が自殺の引き金になったのかは全くといって良いほど特定されていないからです。

結論から言いますと、私の闘病中の体験並びに実際に自殺未遂を図った人達との面談や日々の相談メールから判断して、少なからず医師の何気ない言葉が引き金になっていることは確実なのです。

しかし、統計数字に出るのは自殺したという人数とそれが病気を苦にしたものならその病名までで、何が自殺の引き金になったのかという部分は統計数字には表れないのです。


私の場合も化学療法と放射線の併用治療と言いながらも双方の医師が直接顔を合わせたことが無いことを知り失望したこともありますし、転移が疑われた時期に受診した医局の医師がパソコンの画面だけを見て全くこちらを見ずに話すことに戸惑いを覚えたことも一回や二回では有りませんでした。

問題の奥の深さは、殆どの医師が自分が患者のことを著しく傷つけているという認識に立っていないところにあります。

私の場合、闘病も長かったのでその過程で医学的な知識も相当豊富になり、また元来対面的な遣り取りを苦手としてこなかったのでずばり医師に直言することもしばしばありました。

例えば、パソコンばかり見てこちらを見ない医師に対して

『先生、パソコンではなく私のほうを見て話して下さいよ』

と言うと、殆どの医師はハッとして慌ててこちらを向いて話し出すことも珍しくありませんでした。殆どの場合は医師には全く悪気は無くただ日常的に患者に接している態度と同じ態度で重篤な患者とも接しているだけなのです。

多くの場合は医師と患者の関係で患者は医師に何も言えなく絶望へと追いやられていくのです。


医師の言葉は本来福音になるべきですが、死刑執行の言葉になっている場合が圧倒的です。

私は全人的医療面接法の創始者であるマイケル・バリントのドクター・アズ・ア・メディシンという言葉を強く支持します。詰まり、医師の存在そのものが患者にとって薬としての効用が無ければならないと言うことです。

残念ながら日本の多くの医師は理数系の科目が出来た生徒がそのまま医学部に入り医師になっています。その過程において医師として本当に大切な人の心、人の痛みを理解する最も重要な面が疎かになっていることは私の闘病生活からも良く分かりました。

医療関係者はドクター・アズ・ア・メディシンという言葉を重く受け取って日々患者に接して貰いたいと願います。それによって、病気を苦にして自殺する人間の数を確実に減らせるからです。

しかし、現代日本医療体制は一朝一夕に改善されるとは思いません。その間にも多くの病気を苦にした自殺予備軍の患者は生まれて行きます。

私に相談して下さる深刻な悩みをお持ちの患者には私は明確に

『医師の言葉は参考にしても絶対にご自身の運命を医師の言葉で左右されてはならない』

と強調します。

今週末も多くの相談メールに回答していますが、どんなに辛くても希望を失うことなく明日という日を信じることをお伝えしました。

私と同世代で食道癌の治療を受けたサザン・オールスターズの桑田佳祐は 月光の聖者達 で次のように歌っています。


”知らずに済めば良かった
聞かずにおけば良かった・・・”



”一人ぼっちの狭い部屋で
夜ごと涙にぬれたのは・・・”


しかし最後は

“今はどんなにやるせなくても
明日は今日より素晴らしい・・・”


と、締めくくっています。

私もそう信じて日々を生きています。





都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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医師の言葉 への2件のフィードバック

  1. 石原勝馬 のコメント:
    私は、このブログをRSSで拝読しています。
    とはいえ、フォローし始めて、まだ3カ月くらいです。
    何がきっかけで読み始めたのか、忘れてしまいました。

    私は63歳で、目下のところは、がんではありませんし、
    その既往歴もありません。
    しかし、個人的に、がんにはとても関心があります。
    その理由については、機会をあらためて書きます。

    医者についてのコメントを読みました。
    この手の意見を、とても多く眼にします。
    私は日本以外の国の医療事情を知りませんが、
    他の先進国でも、このような意見があふれているのでしょうか?

    日本のほとんどの医者は、患者の名前を呼びません。
    人として認めていない、認めたくないからでしょうか?
    人間同志のつながりを、持ちたくないからでしょうか?
    ところが、身内の医者仲間では、強くつながっているようです。

    今、医師免許をもっている人は、日本に27万人いるそうです。
    自分を守る方法は、良い医者を探すしかありません。
    そして、シロウトなりに、医学、医療を学ぶことでしょう。
    知識は、己を助けてくれます。
    これは医学に限らず、全ての分野に言えることです。

    細かいことではなく、本質を知ることでしょう。
    大切なことは、シンプルなのではないでしょうか。
    ある数学者が言っていました。
    ・・・ 結局、シンプルなものしか、残らない、と。
    シンプルとは、何でしょうか。

    私は、50代の10年間、うつ病で苦しみました。
    その間、計7回、入退院を繰り返し、
    通算3年間を、病院で過ごしました。
    自殺のおそれがあり、入院したのです。
    今10年目にして 、生き返りました。

    あるところで、眼にしたことば。
    ・・・ 生きてるだけで、まるもうけ。

    書いた人の背景は、知りません。
    長かった10年。
    よく生きていたなあ、としみじみ思います。

    とりとめのない話になりました。
    また、ご連絡させていただきます。
    不尽。
    • 都倉 亮 のコメント:
      コメント有りがとうとざいました。

      書かれている日本の医師のことは全くその通りですね。

      お大事になさってください。

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