いじめ問題

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私がブログで訴求していた問題の一つは現代日本の教育の在り方についてでしたが、日々のニュースを見て非常に気がかりな問題があります。

それは、私の時代には考えられなかった小、中学生の自殺が社会問題になっていることです。


この度も中学生がいじめを苦にして自殺した問題に対する国、教育界の対応には本当に腹立たしさを覚えます。


6月に出版された拙著『諦めない生き方』は、もともとは私の半生を纏めたものでした。

しかし、最終的に私の『癌との闘い』を中心に編集するという出版社側の方針となったため、私が海外を行き来する過程で体験したいじめ問題に関する箇所は殆どが省略されました。

私の時代には『いじめ』という言葉すら存在しませんでしたが、父の仕事に伴い14歳になるまで11年間海外生活をした私は、日本でも海外でも最初はアウトサイダーとして扱われ辛い思いをしました。

しかし、私の体験では残念ながら一番陰湿だったのは母国日本での扱いでした。

ドイツのアメリカンスクールでは当時 ジャップ という日本人を蔑視する言葉を投げかけられ取っ組み合いの喧嘩をしたことも度々ありましたが、そのいわゆる『いじめ』の内容は非常に単純なものでした。

大喧嘩をしてかえって仲良くなり未だにメールやフェイスブックでやり取りをしている友人もいます。

しかし、帰国してから経験したいわゆる『いじめ』は精神的にかなり堪えました。

私は体力的に非常に強かったので暴力によるいじめは受けませんでしたが、存在を無視される扱いは度々受けました。

個人的には皆良くしてくれましたが、集団になると仲間に入れてもらえず存在を無視される扱いは、力や言葉によるいじめを上回る精神的な苦痛を与えるものではないでしょうか?

私は高校受験のための勉強で何とか紛らわせることが出来ましたが、高校に進学してからの3年間は理屈で日本人の行動基準を理解することに多くの時間を費やしました。

私のブログの最大の訴求点の一つは日本の『村社会』の問題です。

私の『村社会』の定義は

*同じ類のもの同士で群れあい異質なものを受け入れない体質。
*全体の利益より所属している集団の利益を優先する体質。

ですが、『いじめ』は正に子供の世界にも存在する『村社会的体質』の下に行われているケースが多いと考えます。


いじめ問題で自殺する生徒が出るたびに聞かれる、

『いじめと自殺の因果関係があるかどうかは分からない』

などと繰り返される学校長や地域の教育委員会の委員の面々の異口同音の説明は、聞くたびに辟易します。

私から見ると、自分達は教育者として失格だと公言しているとしか聞こえません。

私は『いじめ問題は』もはや学校単位に任せる問題ではなく、早い段階から警察を介入させるべきだと思います。

実態すら把握していない学校や生徒を恐がり見てみぬフリをしている教師などに任せられる問題ではなく、そのような段階はとっくに通り越しています。

非行を取り締まる専門家と早い段階で協力しながら問題を取り締まるべきです。

米国の友人が以前ある地域の州立校は小学校でも生徒が登校する時に金属探知機が設置されたゲートを通らねばならないと嘆いていました。

銃や刃物の持ち込みを防ぐためだそうです。

しかし、日本の教育者が肝に命じるべきことは、『様々ないじめ』は銃や刃物に勝るとも劣らず危害を加えるものだということです

都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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いじめ問題 への5件のフィードバック

  1. 熊野南 のコメント:
    いじめの定義は難しいのですが、昔からあったように思います。
    受験校・有名私立・ノン・ブランドのジェネリックな学校等々、いろんなポジショニングの学校で、種類の異なるいじめが展開されているように思います。
    私が体験したのは、公立の受験校ながらもややブランド校みたいな学校におけるいじめでした。
    私の理解では、
    1)受験校に行けば、親から頂いたDNA+本人の個性+有効な努力等とは関係なく、”我が子は画期的に学力が伸び、一流校に入学できる”との誤った期待を持つモンスター・ペアレントと、その期待に応えることができないモンスター・チルドレンの合作が、ストレスのはけ口として”異質の個性”を攻撃のターゲットとする、というものでした。ガリ勉型が主流の学校でセンスがあれば少ない勉強量で満点が取れる理数系の思考回路を持つ私は見事にいじめのターゲットになってしまいました。
    母親に対しては、PTAでの他の親からの罵り攻撃があり、「うちは○○大臣の孫で父親も東大卒で優秀な子のはずなのに、できないのは、お前のうちのような大したことのないうちの子ができるから恐れをなしたんだ。お前のうちのせいだ。」とも言われました。
    2) また、決してあってはならないはずのことですが、公立といえど、内申書等に教師の裁量の余地が過大にあり、付け届け順に成績表が作成されていた模様です。1)の罵りを受け、母が改めて子供の成績表を見たところ、常に算数がほぼ満点であるにも関わらず、私の成績表は5段階評価の3でした。罵られたけれど、うちの子は3だし、半数位が満点なのかもしれない、とも思った母親は、学校に質問に行ったのでした。ところが、この母親の行動から学校の調査が始まり、おそらく、何等かの不正があった模様で、突然に当該教師は担任をはずされたのでした。後に当該教師はそれまで賄賂で拡大していた生活レベルを維持できなくなり、狂言強盗を働き、TVネタにもなりました。
    3) しかしながら、この後、いじめは急激にエスカレートしていったのです。”いい先生だったのに○○さんのお母さんが先生を変えた。”とモンスター・ペアレントからもチルドレンからも言われ続けました。失われた利権は彼らにとって大きいのです。
    4) きっと母も辛かっただろうと思います。しかし、何かが狂っていませんか。
    スーパー・ウルトラ利己主義、自己中が有名校を目指す親子の価値観の主要部分を占めていませんか? いい学校に入れたら安全。入れなかったらアウト。いじめる側に回ればセーフ。自分のセーフを確認するために、いじめられる奴は徹底的にいじめて楽しむ。
    5) いじめの報道を耳にする度に私は、思ったことをすぐ口に出す性格故に結果子供を体を張って守った母に感謝します。
    6) しかし、何十年も経って、クラス会に行ったところ、いじめはまだ続いていることを知り再度びっくりしました。何しに来やがったんだ。誰が呼んだんだ。誰が。と、正統派モンスター幹事に詰問を受けました。この人は頭がとても悪いので、名刺も下さいませんでした。(他の方とはお名刺交換させて頂きましたが。)
    また、現在は宗教活動家としてご活躍されている(約100人を勧誘した)Mrs.モンスターがMrs.同級生(利権派)のご家族丸ごと同じ宗教に入信させたことも知りました。私にも入信のお誘いはありましたが、お断りしたところ、“親友でもないのに、何のために良くしてやったと思っているんだ!Mrs.同級生(利権派)だってお前のことは悪く言っている”と言われました。
    誤信だろうが何だろうが、この人達にとっては、子供の時に焼き付けられた印象は不変なんだと認識しました。安全は立ち位置にいる自分を確認するために、いつまでも、いじめターゲットは必要なんだと認識しました。
    7) モンスター幹事もMrs.モンスターも“自分は頭が悪いけど親が金があるから自分の思う通りに何でも手に入る”と考えまた、公言している類の人間です。滑稽ではありますが、この路線をブレることなく、一生続ける模様です。
    8) 日本人の場合、いじめはいじめる側にとっては必須のツールであり、決してなくなることはないと思います。同一のターゲットをいじめることで、”安全地帯”のグルーピングが形成され、そこに入ることで安全になれる人々がいるからです。
    • 都倉 亮 のコメント:
      ご貴重なご意見有り難うございました(^^)

      仰っていることは私がブログで訴求している『村社会』の論理に一致するところが多くあります。

      私の村社会の定義は下記の通りですが、残念ながら日本社会のあらゆる面に根深く存在しています。

      *全体の利益より自分の属している集団の利益を最優先する体質。

      *同じ類で群れあい異質なものを受け入れることの出来ない体質。

      講演でも声を大にして述べていますが、この村社会的な体質を改善しない限り、日本が本当の意味で世界市民の一員として認められることはないと考えています。
  2. 山崎貴衛 のコメント:
    都倉さま、初めてコメントさせていただきました。私は1966年生まれです。検索しているうちに、こちらに、たどり着きました。私は中学校の頃に、いじめにあった経験があります。私は、いじめた相手を打ち負かす事ができず、当時、仲の良かった友達と椅子に向き合って座らせられ、殴りたくもないのに殴り合いをさせられました。情けなく、悲しい記憶です。今でも後悔しています。なぜ、あの時、勇気をだして、大事な友人ではなく、私に命令した彼らを殴らなかったかのか。今でも思い出すと、恥ずかしく情けなく思います。その後、私が大学のときに彼らとクラス会で再会しますが、熊野さまが書かれた内容と同じように、彼らは全く変わっていませんでした。もちろん、そのときはクレージーでナンセンスな殴り合いなんかしません。当時の友人も私も、中学の頃のあのようないじめには遭いませんでしたが、しかし彼らの相変わらずの言動に腹が立って、途中で私は退席しました。思い出すと本当に腹が立ち、情けなく、恥ずかしいです。
    • 都倉 亮 のコメント:
      辛い思いをされたのですね。

      辛かったとは思いますが、逆に貴重な経験をされたことも事実です。

      そのご自身の経験を是非いじめのない世界の実現に向けて生かして下さい。 必ず今悩んでいる多くのいじめを受けている子供達の励みになるでしょう。
    • 都倉 亮 のコメント:
      ご返信が遅れ心よりお詫び申し上げます。

      いじめ問題はお互いに問題意識を持ち続け少しでもいじめの無い社会作りを作る努力をしましょう。

      ブログにも書きました明日から入院しますので取り急ぎお詫びと要用のみ申し上げます。

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