待合所

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大病院の待合所は多くの患者でごった返しています。

私が経過観察を受ける耳鼻咽喉科の受付は眼科と小児科と同じ場所なので、受付周辺の待合所は三つの医局を受診する患者がいます。

別に明確な区分けはないので小児科を受信する子供たちを連れた母親たちは何となく一画に固まっていますが、それ以外は区別がつきません。

小児科を受診する子供たちを連れた母親は、その子だけではなく兄弟も同行している場合が少なからずあります。

この兄弟たちが曲者なのです(笑)

予約診察でも一時間待ちは当たり前の現状の制度は大人でもイライラすることがありますが、病気の子供ならいざ知らず、単に母親の都合で連れられて来た元気な子供たちにとっては苦痛以外のなにものでもないでしょう。

元気なわんぱく盛りの子供達が一時間も二時間もじっとしていること自体不可能なのです。


大声で話したり歌を歌ったりるのは序の口でわんぱく仲間がいようなら運動会さながらのおいかけっこが始まります。

私はかねてより具合の悪い人やお年寄りがそういう子供たちを見て眉をひそめていたり時には注意しているのを見ていましたので、外来受付の事務員に対策を考えた方が良いと話したことがあります。

しかも具体的に、

小児科と老人の多い耳鼻咽喉科と眼科が同じところにあるのは不自然で、現にお年寄り達が子供が騒ぐのを煩わしがっているのを気がつきませんか?何か対策を講じないとトラブルのもとですよ』

と言いました。

『上のものと相談します』

という回答でしたが実際のところ何も対策が講じられぬまま月日が過ぎました。

しかし、とうとう来るべき時が来てしまいました。

その日は外来がとても混んでいたので、私は耳鼻咽喉科、眼科、小児科の待合所の一つ離れた他の医局の待合所のスペースに座っていました。

4、5歳ぐらいと思われる子供が四人揃ったことも悲劇の原因ですが、三つの医局の待合所の前のスペースを所狭しと駆け回っていました。

私は通常待ち時間はタブレット端末で作業をしていますので回りの雑音は気にならないのですが、その日は別でした。

私が座っていた別の医局の待合スペースまで子供たちの騒いでいる声や走り回っている様子は良く分かりました。

何回か顔をあげ様子を見たところ丁度私が顔を上げた瞬間一人の子が転倒して、耳をつんざくような大声で泣き始めたのが目に入りました。

しかも号泣しているのは老人達が多い耳鼻咽喉科と眼科の待合所の前です。

一方その子の母親はというと、他のママ友との話に夢中になり自分の子供が

『痛いよー』

と泣き叫んでいることに全く気付いて居ないのです。

一人の男性の老人が立ち上がりました。


そして、つかつかと話に夢中になっているママ友たちのところに歩み寄り

『こら!あのガキの母親はだれだ!?あの泣きわめいているガキを何とかしろ!』

一瞬話に夢中になっていた母親達はシーンとなりました。

『まずい』

と思った瞬間

『ガキとはなんだよおじさん!人の子供のことに余計なことを言うんじゃないよ!』


待合所は一瞬凍りついたような異様な雰囲気に包まれ、若い母親に言い返されたお年寄りはワナワナと震え今にも倒れそうな感じに見えました。

『なに。お前のガキが皆に迷惑をかけていることが分からないのか?一体母親としてどう思っているのだ!?』

『うるさいわね。余計なお世話だよ。おじさん』


反省して泣いている子供を連れに行くどころか、そのお年寄りと面と向かって言い合いを始めたのです。

外来の受付の人間はというと、じっと下を見ていて我関せずという状態でした。

その時一人の男性が立ち上がりつかつかと言い争いをしている二人の下に歩み寄って行きました。

老人の肩に腕を回して何か言っており、相手の女性にもニコニコしながら一言二言話していました。

すると、その女性もうなずき自分の泣いている子供のところに行って手を引いて自分のところに連れてきてあやし始めました。

一見事なきを得たという形で収まりました。

遠くから見ていてもその場に仲介にあたった人は外国人だということが分かりました。しかも、何となく見覚えのある人でした。

側によると以前総合受付で日本語が上手く通じなくて私が通訳をしてあげたことのあるヨーロッパ系の男性でした。

私は、その人に話しかけその場を纏めてくれたお礼と何と言ったのか聞いてみました。

同氏は英語で

『ご存知のように私は日本語が上手くないので、ただ「ここはみんなの場所だから仲良くしましょう」とだけ言ったのです』

と笑いながら言いました。

みんなの場所=公共の場所

仲良くしましょう=公共の場でのルールを守りましょう


とでも言いたかったんでしょう。

いずれにせよ、彼の片言の日本語でその場が納まったわけです。

外圧(この場合は平和的な助言ですが)に弱い日本人の一面を見た反面、何故100人を超える日本人がいるにも関わらず誰も何も行動に出なかったのかと考え、自分自身も含め反省させられました。

『紛争を収めるのは高圧的な姿勢ではなく笑顔と双方のプライドを大切にした落としどころを提案する』

私の私淑しているデール・カーネギーの書『人を動かす』に繰り返し書いてあることですが、それをさりげなく実践した外国の人に敬意を表すると共に、日本人として反省されられた一場面でした。














都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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