国歌斉唱

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3月、4月の卒業、入学シーズンを迎えましたが、この時期に毎年かならず問題になるのが

『君が代』

を斉唱するかしないかの問題です。

大阪では教職員が『君が代』を歌っているかどうか、口の動きまで調べるという事態まで生じたようですが、『君が代』を斉唱するかしないかでここまでしなければならないということ自体が異常なことだと思います。

まず私見を述べさせて頂きますと、私は日本人として国旗を掲揚し国歌『君が代』を斉唱するのは当然だと思っています。

しかし、私の場合はそれは当然のことながら日本人として自然な気持ちで自国に対して敬意を表しているものであって、決して強要されて行っているものではありません。

まず、反対派の意見として

『君が代は日本を悲惨な大戦に突入させた歌』、『戦争の傷痕が払拭できない』、『歌詞の内容が民主主義国家にそぐわない』

などなどいろいろな理由があります。

しかし歌詞の内容が民主主義国家に合わないという論客の主張はもし日本の民主主義制度が英国を手本にしているのならいささかおかしな主張だと思います。

英国の国歌の歌詞には

“God save our king(現在は女王なのでQueenですが)”

と歌われる箇所があります。

詰まり、

『神よ!我々の王(女王)を守りたまえ』

という歌詞なのです。


しかし、私が知る限りではこの歌詞に対して英国民が民主主義国家にそぐわない歌詞だと騒ぎ立てたという話は聞いたことがありません。

私は父の仕事で14歳になるまで1歳から7歳、10歳から14歳までの11年間をドイツで過ごしました。

10歳から14歳までは当時の西ベルリンで過ごし、米軍属の子弟が通うアメリカンスクールに通学しました。

東ベルリンはソ連が統治していましたのでベルリンの壁を挟んで米国とソ連が対峙しあっていた世界で一番緊張した場所でした。

ベルリンの壁は東ドイツから西ドイツへの国民の流出を防ぐために1961年にソ連の主導により建設され1990年までドイツ分断の象徴となった壁ですが、私はベルリンに滞在したことにより、国家が他国により占領されること及び国が分断されることによって国民が味わう悲哀をつぶさに見て来ました。


アメリカンスクールでは毎朝国旗に向かって忠誠の言葉を述べアメリカの国歌を斉唱してから授業が開始されました。

それゆえ、私はいまだにアメリカの国歌が演奏されているのを聴くと背筋が伸びる思いがします(笑)

そのような環境で過ごした年月は私に国というもの存在がどれほど国民にとって重要なかつ全ての基盤になるかということを嫌というほど理解させてくれました。

14歳で帰国してからの一年間は高校受験のためそれどころではありませんでしたが、高校に入学してからは日本人の『平和ボケ』とでも言うのでしょうか、国家というもの及び国防に対する意識の低さに驚きました。

昨今政権が変わり、外交という外国との交渉で一番重要な部分を外交の素人集団が担ったことにより周辺諸国から必要な揺さぶりを掛けられて国民も多少の危機意識は感じているようですが、世界基準の危機意識からするとまだまだ危機意識を持っていないに等しいと思います。


さて、『君が代』斉唱の問題に戻りますが、反対派の人たちは単に反対するだけではなく、どういう国歌なら賛成できるのかというところまで踏み込んで議論すればそれなりに議論の余地があると考えます。

いずれにせよ、小学生に『君が代』のことを質問したら

『お相撲の千秋楽の時に歌う歌』、『オリンピックの歌』

というのでは悲しすぎますね。



都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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