養子縁組

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週末にスウェーデンの知人から電話がありました。

同氏はスウェーデンを代表する病院の医師ですが、私が2008年から続けていた癌との闘いを聞き、私にスウェーデンで治療を受けるように勧めてくれた人の一人でした。

2009年の4月から約一年半に亘りほぼ毎月癌の転移が疑われ、大きな分類でいえば小児科と産婦人科以外の殆どの医局で精密検査を受けるという状態でした。

しかし、各医局間の連携が悪くどの医局も私の身体全体の管理をしておらず、新しい医局を訪れるたびに私からいろいろ説明しなければならない状態でした。

無論、主治医の基本的な所見はパソコンのデータで共有していましたが、分からないことを直接主治医に聞いて確かめる医師は皆無でした。

私が聞かれる質問に一つ一つ答えなければならず、専門的なことに関しては当時は到底答えられるはずもなく、このような総合医療体制の欠如している現代の日本の医療体制に対して大きな疑問を持つようになりました。

私に対して施されている治療のことを心配してくれたスウェーデン人の友人が同医師に話をしてくれ、私の治療をスウェーデンでおこなった方が私の身体の負担が軽減するという有り難いアドバイスでした。

私が受けた説明では、スウェーデンでは日本の個別医療とは異なり癌の様な病気の治療に対しては、全身の癌のことが分かる腫瘍内科医、癌の原発巣の専門医と心のケアをする精神科医がチームを形成して治療にあたるということでした。


当時私が入院していた病院の、医局間の垣根をまざまざと見せ付けられていた私にとっては、正に理想的な医療体制に映りました。

しかし、当時リーマン・ショックの余波で世界同時不況に陥っており、日本経済も百年に一度と言われた大不況の真っ只中にありました。

それ故、闘病生活と会社運営を同時並行的にやらねばならず、折角のお申し出でしたが、スウェーデンで治療を諦めた次第です。

さて、そのスウェーデンの医師はスウェーデン人の夫人との間に一男二女がいます。

ところが、実の三人の子供以外に更に二人の子供を養子縁組しています。

一人はアジア難民、一人はアフリカ難民だった子供です。


最初にクリスマスカードの交換をしていたときに、先方がくれたクリスマスカードの家族写真にアジア系とアフリカ系の子供が一緒に写真に写っているのを見て疑問に思いましたが、親しくなるまではその件に付いては私の方から触れませんでした。

しかし、ある時先方の方から二人の養子縁組をした子供たちに関する説明がありました。

二人とも難民の子供で親が経済的に子供を育てられないので、スウェーデンのNPO組織で難民の子供たちの養子縁組を斡旋している組織を通じて養子縁組して自分の子供として育てることにしたということでした。

そして、実の子供たちと全く変わらない愛情を感じていると嬉しそうに説明してくれました。


私が独立起業して最初にスウェーデンに行きだした時に、スウェーデンで白人の夫婦がアジア系の子供やアフリカ系の子供を連れている姿がとても多く目に付きました。

スウェーデン人に質問しましたが、やはり人道的な立場で世界の恵まれない子供たちを積極的に養子縁組して自分の子供たちと同様に愛を注いで育てているとのことでした。


有名なところではハリウッドのブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリー夫妻は実の子供以外にもアジア系、アフリカ系の子供たちを養子縁組して育てています。

私が三井物産に勤務していたころ、法務省の入国管理局の大手町庁舎が三井物産と道を隔てたところにありました。

最寄りの地下鉄の駅を降りた多くの外国人たちが三井物産の敷地を通って同庁舎でビザの更新手続きなどに行っていました。

私は時折敷地内を歩いている外国人に声を掛け、たまには当時三井物産の一階にあった喫茶店でコーヒーを飲みながら話を聞いたりしていました。

ある時、上司がそういう私の姿を見つけ私が部屋に戻った後に呼び出されました。そして

『何か見知らぬ外人と話していたが、何をしていたんだい?』

『隣の法務局に来た中東の人にいろいろ中東情勢を聞いていたのです?』

『何?見知らぬどこの馬の骨とも分からぬ人間にか?』

『少し話せば直ぐにどこの馬の骨か分かりましたが』

『もういい。席に戻りたまえ。以後、見知らぬ外国人を喫茶店と言えど社内に入れないこと!』

『外の喫茶店なら良いですか?』

と聞こうかと思いましたが、最後の質問はしませんでした(笑)


まあ、外から見ると日本で最も国際的な組織の一つとして思われている総合商社を代表する三井物産でさえこのような人間が少なからずいるので、一般日本社会の外国人の受け入れ体制は更に保守的です。


少子高齢化時代に突入し労働力不足が大きな社会問題になる日は目前に迫っています。

それに対して政府の打っている手は全て後手、後手です。

女性が子育てをしながら働きやすい環境を整えるための施策なども、遅々として進んでおらず歯がゆいばかりです。

こういう長期的な取り組みは言わずもがな必要不可欠ですが、同時並行的に短期、中期的な施策も施さねばなりません。

聖路加国際病院の日野原理事長が主宰している

『新老人の会』

は有力な取り組みの一つです。


60歳を向かえたというだけで社会から引退を余儀なくされている知的にも肉体的にも充実したシニアを、75歳まで社会貢献且つ人生への生きがいを見出して貰おうという、現代の日本社会に於いて非常に望まれる組織です。

私は世界の先進国に比べて格段と遅れをとっている日本の移民受け入れ政策に鑑み、より多くの移民を受け入れることは、日本が真の意味で世界市民の一員として認められる近道でもあり、日本の労働者不足を補う短期的な有効な手段の一つとして考えています。

しかし、日本の地理的な条件、鎖国政策などによって海外との交わりを絶って、同じ価値観のもの同士のみ受け入れ異質なものを受け入れることの出来ない『村社会』の土壌が形成されている日本において、他の先進国のように移民を積極的に受け入れることは一朝一夕には行かないと思います。

大人の移民を自然に受け入れられるようになるまで残念ながら時間が掛かると思います。

しかし、子供を養子縁組することによって子供は自然と日本社会に馴染み日本人と同じ様に成長していくことが可能です。

肌の色や生を受けた親の宗教やイデオロギーが違おうが、人間は育った環境に自然に順応していくことは私自身の幼少時代の体験からも良く分かります。

現代社会では、同じ日本人の間でも養子縁組をして子育てをするケースが少ないと思いますので、ましてや外国人の子供を養子縁組して育てていくことに関してピンと来る人は少ないと思います。

日本は日本なりの歴史的な変遷を経て今日があるわけですから、アメリカに代表されるような多民族国家を目指す必要はないと思います。

しかし、世界基準で考えた場合今の日本の移民政策は余りにも他の先進国に比べて遅れをとっています。

少子高齢化対策ということもさることながら、人道的な立場でも積極的な移民政策、国際的な養子縁組を考えていく土壌を確立していく必要があると思います。



都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
カテゴリー: 国際交流 タグ: パーマリンク

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