頭脳流出

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本日のトッピックスの一つに政府医療イノベーション推進室長がその職を辞して、米国のノーベル生理学・医学賞受賞者を多く出しているシカゴ大学で研究を行うということが話題になっていました。

同東京大学教授は、癌治療に有効な医薬の開発のわが国における第一人者で、私は闘病生活の中で同教授の実績に付いて知る機会がありました。

私は闘病中に知りえた情報をもとにいろいろな医師、医療研究者に直接手紙を書きました。

その結果、何人かの癌治療、研究の権威の方と知己となり、昨年9月に左鎖骨リンパ切に点した癌の手術、治療の予後に関しては世界的な権威の一人といわれている医師にも診ていただく間柄になりました。


同教授も一度私の方からお手紙を差し上げようと思っていた方でしたがそのままになっていたのを、本日のニュースでどう教授のその後の動向を知った次第です。

もともと政府医療イノベーション推進室とは、国際競争力の高い医療産業の育成を目指し、昨年1月に政府主導で内閣官房に設置され、数十年先を見据えた制度設計を目指すことを目的にしたものです。

しかし、ご多分に漏れず不安定な政権と省庁間の壁に阻まれ「無力さ」を感じた末の決断だったということです。

同教授は抗癌剤開発などを目指し研究拠点を米国に移すことになりました。


全遺伝子情報(ヒトゲノム)研究の第一人者である同教授が政府医療イノベーション推進室の室長を引き受けた背景には、日本の脆弱な医療開発基盤への強い危機感があったと言われています。

新たながん治療法として世界中の注目を集めるがんペプチドワクチンの開発を日本で進めていました。

しかし、政府は新薬開発に無関心で施策も基礎研究の担当が文部科学省、安全性は厚生労働省など所管がバラバラで、日本の役所の縦割り行政では研究開発に遅れをとり患者の利益にならないとの判断のもと米国に渡る決心をしたとのことです。


同教授は、

『政府医療イノベーション推進室の設置は、この危機を打開し国家レベルの戦略を練る好機だと思った』

と就任の経緯を話していました。

そして、各省庁をまたいでスタッフを構成し創薬支援機構創設などを政府に訴えてきました。
 
しかし、与党民主党も各省庁も動かず予算もつかない状態で、

『結局は霞が関や永田町は大きな視野で戦略を立てることはできない。推進室に自分は必要ない』

と思ったと発言しています。

同教授は、今春米国の大学に移籍して癌ワクチン療法確立に向けた研究現場に立つにあたり、

『日本での開発にこだわり、世界での競争に負けてしまえば何も患者に残せない』


とも話しています。

日本にとっては、貴重な研究者の頭脳流出かもしれませんが、私は同教授の決断を高く評価します。

大切なのはどこで実績を上げるかではなく究極的な目的は

癌患者に希望の光を与える新薬を開発すること

であるはずだからです。


もはや日本人が世の中を語るときは日本単独での議論ではなく、世界市民としての日本人という観点でしか語れない時代が到来しているのです。

日本の政界、官界の全体の利益よりも自分の属している集団の利益を最優先する『村社会』の体質の中で、貴重な研究開発が遅れを取って全体の不利益をもたらすより、海外で大きな実績を上げたのがたまたま日本人であったということで良いのだと信じます。

全ての分野でどんどん自分の能力を伸ばせる場を見つけるべきです。

それが海外なら海外に出向き、日本で実績を上げなければならないなどという考えは捨てるべき時代に突入しているのです。





都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
カテゴリー: 健康 タグ: パーマリンク

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