ビッグ・ウェーブ

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昨年の夏、私の敬愛している聖路加国際病院理事長の日野原先生から、先生が主催されている『新老人の会』の国際部門を手伝ってほしいとの要請を受けました。

新老人の会とは日野原先生が2000年に発足させた日本社会を活性化させる素晴らしい組織です。

75歳以上をシニア会員、60歳から75歳未満をジュニア会員とし、20歳から60歳未満をサポート会員として、老後の生き方を自ら勇気をもって選択し、自立とよき生活習慣をそれぞれの家庭や社会に伝達すると共に、次の時代をより健やかにする役割を担うことを目的にしています。


一言でいうと、60歳を向かえたというだけで一般社会からの引退を促されている人たちは決して老人ではなく、75歳まではいろいろな活動を通して社会貢献することを促しています。

私の持論でもありますが、日本の少子高齢化による労働力不足を補うには女性が子育てを働きながら出来る環境作りもさることながら、60歳で定年退職に追いやられる人たちをいかに労働力として有効利用できるかが大きな課題だと思います。

日野原先生は、日本の男女の平均寿命は男女とも世界トップクラスですが、これは若くして亡くなる人たちも含めた平均寿命で多くの人達が90歳前後まで生きていることになるので、人生の1/3を残した60歳の年齢で社会の一線から追いやるのは馬鹿げたことだと仰っています。

正にその通りだと思います。

無論、それまでの生き方に大きく左右されるとは思いますが、60歳といえば今の社会で言えば経験面では無論のこと体力面でもまだ働き盛りと言っても過言じゃないのではないでしょうか?

現に60歳で定年を迎えた多くの優秀な人達が発展途上国を中心とした国々で大きな力となり重用されている現実を踏まえると益々その感を強くします。

学卒の社員を数年かけて一人前にしていっても、現代社会では生涯一つの組織にずっと努める人間の数は年々少なくなっています。


それに比べて60歳を超えた人たちの多くは、自分の培った知識、経験を更に同じ組織若しくは同様の組織で有効に活用したいという人が殆どなのではないでしょうか?

しかも、若者に対しては定期昇給や業績にあった賞与が若者達を繋ぎとめる大きな要因の一つになると思いますが、60歳を超え年給を受給できる年齢に達したら給与はそれまでに比べてかなり低く抑えることも可能だと思います。

費用対効果を考えても60歳に達した人たちを社会の第一線から追いやることはとてもおかしいことなのです。

更に、日本人の場合は欧米社会と異なり社会と接点を保っていたいと思っている人たちを60歳という年齢に達したからというだけの理由で追いやっているのですから、引退を余儀なくされた人たちも精神的な張りを失います。

新老人の会の3つのモットーは

* 愛し愛されること
* 創めること
* 耐えること

ですが、日野原先生は常に行動することの大切さを強調されご自身で有言実行されています。


過日も東京で講演会があり私も出席しましたが、その前日と前前日は九州で大きな国際的な医学会に出席され、当日の朝一番の飛行機で東京に戻り会場に駆けつけ、講演が終了次第直ぐに次の講演会場に向かわれるというスケジュールでした。

日野原先生はご自身の主催されている『新老人の会』を海外にも大きく広げて行きたいというお考えを持っておられ、昨年夏の私に対する依頼は私に国際部の強化に力を貸して欲しいというものでした。

ほかならぬ日野原先生のご要請なので無条件にお手伝いしようと思いましたが、事務局に正式に紹介される前日に私の癌が左鎖骨上リンパ節に転移したために入院することを余儀なくされたため、国際部の責任者としての役割は果たせませんでした。

しかし、入院中にフェースブックで短期間に北は北海道から南は沖縄まで幅広い層の人脈の構築ができました。

退院後は日本国内のみならず米国、ヨーロッパの大学、研究機関との繋がりもフェースブックを通して広がり、私はフェースブックを始めとするソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)の無限の可能性に付いて大きな確信を持つに至りました。

私は若い頃から独自の情報ネットワークの構築には腐心し個人としては人後に落ちない情報ネットワークを築き上げてきたつもりでしたが、僅か数ヶ月で構築したフェースブックの情報ネットワークの将来の可能性は、私が30年以上かけて作り上げてきた情報ネットワークを遥かに凌ぐ可能性を持ち合わせたものでした。

現在新老人の会の会員数は2000年の発足以来12,000人に達しています。

日野原先生は現在の会員数を先生がお元気なうちに20,000人にもって行きたいと切望されています。

そこで私は日野原先生に新老人の会をフェースブックに連動させ、

フェースブック新老人の会

を設立することに関する企画書をお出ししました。

具体的には

* 2015年中に会員数を30,000人にする。

* ジュニア会員、サポート会員の数を増やしフェースブック上で様々な豊かな情報収集、共有、配信が可能にする。そして、そのコミュニティーの中で老若男女が24時間、365日リアルタイムで触れ合えるようにする。

* 現在かかっている一般管理費を激減させる。

ということが中心です。


本部事務局の責任者達はフェースブックを知らない新しい試みにはとても慎重な人たちでした。

日野原先生も私が企画書を提出するまではフェースブックをご存知ありませんでした。

しかし、直ぐに動かれたのは他ならぬ100歳の日野原先生でした。

私の企画書を読んで、フェースブックの勉強をされソーシャル・ネットワーク・サービスは世の中を変えるものだということを、東日本大震災の時の例及び中東諸国の一連の革命の例なども踏まえ十分に認識されていました。


直ぐに私に対して22日、23日の新老人の会の全国支部長会議への出席の要請があり、
23日の午前中にフェースブック新老人の会に関するプレゼンテーションを行ってもらいたいと言われました。

プレゼンテーションは、日野原先生の『志』を具現したいという私の考えに共鳴してくれた慶応大学の後輩の松延建児さんの前面的なサポートにより行われました。

閉会の辞で日野原先生から

『本支部長会議の最後に今後の新老人の会の在り方を変える意義深い提案がなされ直ぐに実行すべきと考えます』

というお言葉がありました。

閉会後の懇親会でも多くの支部の方が早速

『勉強会を開催してほしい』、『支部に指導に来て欲しい』

という要請が相次ぎ、懇親会で要請のあった約20都道府県の支部向けの勉強会を早速フェースブック上で行います。


日本の60歳以上の人たちの生き方を変える大きなうねりが生まれたと思います。

そして、このうねりが日本の村社会的な考え方を少しでも変え、現在日本が陥っている閉塞感を脱する一つの力になれば幸いです。


しかし、このうねりを大きくするには皆様方の多大なるご支援が必要です。

是非ともご協力いただけますよう宜しくお願い申し上げます。


初日の懇親会は日野原先生の指揮のもとに参加者全員が 故郷(ふるさと) を合唱して終わりました。

フェースブック新老人の会が日本人の『こころの故郷』になれることを目指し頑張ります。

http://www.youtube.com/watch?v=ZmrJyek9mpw







都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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ビッグ・ウェーブ への2件のフィードバック

  1. 鈴木拓 のコメント:
    故郷の歌は本当に素晴らしい。心にしみる、なつかしい歌ですね。現在古希をすぎて、
    NPO紀州熊野応援団という団体でボランテイア活動の手伝いを行っていますが、紀伊半島の海、山、川で育った子供の頃を思い出してあの頃の環境を何時までも遺して欲しい、あげたいと考える今日この頃です。
    • 都倉 亮 のコメント:
      コメント有り難うございます。

      フェースブック新老人の会の実現に是非ともいろいろお力を貸して下さい(^^)

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