個性

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私が経営していた会社は スウェーデン・スタイル東京 というイベントのスポンサー企業の一社でした。

スウェーデン・スタイル東京は、元駐日スウェーデン大使夫人のエバ・クムリンさんが1999年にスウェーデンの文化、アート、音楽、ファッションなどを中心に、東京港区を中心とした様々な会場を利用して日本に紹介するイベントでした。

第1回目のスウェーデン・スタイル東京が開催される時、エバ夫人協賛企業を募るのにとても苦労されました。

普段付き合いのあった日本を代表する大企業も

『稟議をあげる必要がある』、『前例が無いイベントへの協賛は難しい』

などなど協賛できない理由を次から次へと述べたと聞きました。

困り果てた夫人が私のところに相談にいらっしゃったので、私はそれまでに協賛しようと思っていた額に上乗せした額を協賛することにしました。

私は会社からの協賛ではなく個人として資金を拠出しましたが、その時はスウェーデンとの仕事もとても順調に推移していましたし、亡父が大使をしていたスウェーデンとの文化的な交流の架け橋の一端になれれば親孝行にもなるというような純情な気持ちから協賛しました。

ところが、初回イベントが大成功を収め2001年に開催された第二回目のイベントはスケールアップして、開会のテープカットにビクトリア皇太子が列席され、様々なイベントにも顔を出されるというような一大イベントに成長しました。

初回イベントの大成功を見て多くの日本企業が手のひらを返したように第二回目のイベントに協賛を申し出ました。

しかし、エバ夫人は

『一番困っていた時に手を差し伸べてくれた都倉さんの会社を最優先したい』


と仰ってくださり、ビクトリア皇太子とのパーティー他メイン・イベントに対しても全て私の会社を優遇して下さいました。

スウェーデン・スタイル東京のイベントで知り合った様々なアーチスト、デザイナー、ミュージシャン達とはその後もいろいろな付き合いを保ち仕事の上でもとても協力してくれました。

異種交流によって新たなコンセプト、商品が生まれた典型的な例だと思います。

ビクトリア皇太子との思い出に残るいろいろな記念写真と併せ、機会があったらブログでご紹介させて頂きたいと思います(笑)

さて、その時にスウェーデンの人たちから言われたことはその後いろいろな外国人からも言われますが、

『日本人ほどファッションセンスに優れた国民はいない』

ということです。

日本人の多くはファッションは欧米、特にヨーロッパのファッションが最先端を行っているように思われがちで、コマーシャリズム(商業主義)の観点からするとそういう風に国民を導いた方が商売的にはやりやすいのでしょうが、欧米の目は日本のファッションに向いているのです。

特に日本の女性のファッションセンスは間違いなく世界一でしょう。

一般の日本人が抱くヨーロッパ系ファッションモデル的なスタイル並びに着こなしをしている人は、実際現地に行くと何百人に一人いるかいないかです。

平均的な日本女性、若い男性の着こなしは服のコーディネーションの仕方を含め群を抜いています。

気をつけなければいけないのは我らおじさん族ですね(笑)

私は、昔から洋服をいろいろ組み合わせて着るのが好きで、自分のオリジナルの着こなしを心掛けていました。

私が三井物産に就職した1976年ごろはまだ上下紺のスーツに白いワイシャツ。ネクタイだけは海外のお土産のスーツに合わないブランド物を組み合わせて着ているのが圧倒的主流でした。

私の目にはまるで制服を着ているようにしか見えず、私自身はカラーシャツやジャケットを着て出社しましたが、保守派の上司に

『遊び着で会社に来るな』

と注意を受けたこともありました(笑)

面白かったのは、数年間の海外駐在を経て帰国してきた人たちは最初結構自由な格好をして出社してくるのですが、時と共に上下紺系統のスーツに白いワイシャツ、ブランド物のネクタイ姿の制服に戻っていってしまうことでした。

日本の村社会の

『同じ類のものが群れあい異質なものを受け入れない体質』

が顕著に出ていた一例だと思います。


私は健康の回復と共にいろいろな活動を開始しました。

その中でいろいろな若手起業家達を始めとする20代、30代の若者達との接点が大きく広がりました。

我々の世代は現在の若者に対して非常に冷ややかな目で見ている人間が多く、マスコミ報道も現代の若者達が昔の人間に比べて『志』が無いような報道が目立ちます。

果たしてそうでしょうか?

確かに、私の時代には余りいなかった学生起業家などで、実際の社会人経験がないまま経済的に自立して、いわゆる日本社会の一般常識を見につけていない若者もいることはいます。

しかし、往々にして今の若者の方が幅広い価値観を持ち合わせていることは間違いないと思っています。

価値観の多様化、そしてその中で若者が育んでいける文化こそ個性を確立していく上で最も重要なことの一つではないでしょうか?

日本の若者が世界に発信している文化はそれなりに世界では注目されているのです。

日本の未来に向けて、そういう若者達の感受性を村社会のなかで埋没させることは避けなければならないと信じます。













都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
カテゴリー: 文化 タグ: パーマリンク

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