癌との闘い-22(会社の清算)

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本『癌との闘い』の連載は、2008年8月から2010年12月までの二年間に亘る闘病記です。

以下は3月7日投稿の癌との闘い‐21のつづきです。


年が明けた2010年の初旬には酷い時にはベッドから身体を起こすことも出来ないような日が続くようになりました。

そして、2010年4月に私はそれまでの人生の中で味わった中でも最大の苦渋の決断を迫られる事になったのです。

それは21年半の間、その分野ではリーディングカンパニーと言われた会社を清算するという決断でした。

結果的に5月10日を持って会社は21年半の歴史を閉じる事になりました。


その段階で清算することが一番社員及び取引先に迷惑を掛けないで済むということが最大の理由でした。


無論、私を支えたいと言って下さった法人、個人の出資を仰いで継続する選択肢もありました。

しかし、私の当時の心身の状態はどん底状態にあり、もはや医者の言うことが信じられなくなっていました。

そして、これだけ毎月転移の疑いがあるのだから恐らく癌は既に身体のどこかに転移していて、余命も長くないと確信していました。

そのような心身の状態で責任を持って私に期待してくださる法人、個人から出資を受けることは出来ないと判断してお断りしたのです。

5月10日に最後の朝礼を行い社員に別れを告げる挨拶をしました。

皆、目に涙を浮かべ、中には号泣する社員もいました。私もこみ上げてくるものを一生懸命こらえながら一人一人と握手を交わしました。


この100年に一度といわれる不況の中で社員を守れなかった自分の無力さを嫌と言うほど味わいました。

退職金や法律で援助できる範囲で、最大限のことはしました。しかし、2013年に株式を上場するという目標に向けて私にかけてくれた社員の期待に沿えなくて申し訳ない気持ちで一杯でした。

闘病生活の方は会社の整理を行う時も待ってはくれませんでした。

毎月の経過観察及び疑わしい部位の精密検査は同時平行的に行われました。

会社を清算して整理するのに約2ヶ月掛かりましたが、社員の何人かが私に負担を掛けないようにと無給で作業を買って出てくれました。

顧問弁護士事務所も会計事務所も私には治療に専念してほしいと弁護士二人、税理士一人を会社に派遣してくれ必要な作業を推進してくれました。

この様な状態の中でも本当に皆が暖かく支えてくれました。

会社の整理が一段落したところで、朝起きようと思っても身体を起こすことが出来ず、そのまま天井が回りだし気持ちが悪くなる症状が起こりました。

約三日三晩起きる事が出来ず、その間、口に出来たのはジュースだけでした。

その時は、このまま餓死するのではないかと真剣に思いました。

その後も食欲は戻らず、3ヶ月で15キロぐらい体重が激減しました。

また、以前にもまして眩暈、立ち眩みを始めいろいろな身体症状が現れました。

私は、もはや月々の経過観察でも主治医に多くの身体症状について話しませんでした。


なぜなら、身体症状が現れている全ての部位を検査すると、かつて辟易とするほど繰り返してきた医局巡りをしなければならないからです。

私の心身はその繰り返しに堪える状態にはありませんでした。

つづく

都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
カテゴリー: 癌との闘い タグ: パーマリンク

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