癌との闘い-21(ベンチャーキャピタル)

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本『癌との闘い』の連載は、2008年8月から2010年12月までの二年間に亘る闘病記です。

以下は2月29日投稿の癌との闘い‐20のつづきです。



銀行との夢想だにしなかった関係の変化は私に大きな決断を促しました。

金融機関の融資に頼っている経営だといつ同様のことが起こるか分からず、今後は銀行融資に頼ることなく幅広く投資家を募り経営基盤の安定を図る方針に切り替える必要があるという決断でした。

私の意向が知れ渡るとすぐさま多くのベンチャー・キャピタル(投資会社/投資ファンド)が群がってきました。

しかし、多くのベンチャー・キャピタルの人間のいうことは異口同音に

『社長。資金は10億でも20億でも直ぐに用意させて頂きます。三年以内に経常利益ベースで50億円ぐらい出せる事業計画書を作成いただけますか?』

当社は非常に健全な経営をしており創業以来連続して黒字経営を続けていました。

利益も毎年会社の内部留保が増加し続ける銀行の喜ぶ決算も続けていました。

しかし、ベンチャー・キャピタルの要求する短期的な利益追求は、私にはとても違和感を覚えるものでした。

私はよくそういうことを何も考えずに言ってくるベンチャー・キャピタルの担当者や役員に言いました

『あなた方は簡単に三年以内に経常利益50億円などと言いますが、経常利益を50億円だすことの意味がお分かりですか?ITのソフト関連企業で仕入れコスト及び一般管理費がとても低い会社ならいざ知らず、通常のメーカーで売り上げが100億円を目指している会社が経常利益50億円を出すなどということがどれだけ不可能に近いかということを分かって言っているのですか?』

『過去に投資したIT関連企業などが時流に乗ってそういう結果を出したところがあるとは思いますが、通常の健全経営をしている会社の成長というのはあなた方の考えている『濡れ手に粟』的な利益は求めないのです』

『逆に、健全な経営をしていく中で無理なく3年以内に経常利益50億円を出せる方法があったら教えて下さい』

大体の場合、相手は返答に窮して会話はここから先は進みませんでした(笑)

確かに銀行とは異なり、ある程度のリスクを自社でもって投資するベンチャー・キャピタルとしてはハイ・リターンは必要なのです。

しかし、当時圧倒的にIT関連企業に投資していたベンチャー・キャピタルの投資基準は、仮に10社に投資して9社がだめでも1社が大化けすれば良いという乱暴なものでした。

それ故、私はベンチャー・キャピタルには見切りをつけ一般投資家、企業で当社のコンセプトを理解してくれる相手先に投資を呼びかけるために全国行脚を開始しました。

放射線治療のために声がつぶれ、唾液腺を一本摘出しているために常にペットボトルを携帯して5分ごとに水を口に含まねば口がカラカラになって呂律が回らなくなってしまうような状態で全国を東奔西走しながらプレゼンテーションを行うのは肉体的にとても大変でした。

しかし、多くの投資家達が当社のコンセプトを理解して当社の未来に向けた姿に喜んで投資をしたいという意向を表明してくださることに対して心は満たされていました。

同時並行的に退院後毎月、病院の腫瘍内科で『経過観察』を受けていました。

経過観察は退院翌月の2009年の1月から始まりましたが、最初の4ヶ月は何事も無く推移しました。

しかし、4ヶ月目からいろいろな異変が出だしました。


今まで経験したことのない立ち眩みから始まり身体のいろいろな部位に異変を感じ始めました。

経過観察の時にそのむね報告すると、すぐさま当該部位の医局の検査予約がパソコン上でなされます。

私の場合癌の原発巣(げんぱつそう:癌が発症したもとの場所)が中咽頭だったので、担当医局は耳鼻咽喉科でした。

しかし、転移の疑いは身体のいろいろな部位に及びましたので、主治医では分からずその都度その部位の専門医局にパソコン上で検査予約を入れるのです。

主治医は一生懸命私の訴える身体の異変に応じた検査予約をいろいろな当該医局に入れてくれましたが、主治医が出来ることはそこまでなのです。

しかも、主治医と他の医局の医師が実際に面談を通して私の身体の状態に関して話し合うことはまず無く、殆どがパソコン上の遣り取りに終始するのです。

私の身体を全体として掌握してくれているところはどこにも無く、各医局が私の身体の部位をパーツとして管理しているだけだったのです。

それ故、私は二年間に大きな分類でいえば産婦人科と小児科以外の全ての医局を受信したといっても過言じゃないですが、常に受信する医局と私との点と点で繋がっている関係でそれが全ての医局に線で繋がって私の身体状態が把握されることはありませんでした。


欧米では癌の治療をするにあたっては、身体全体の癌の事を専門としている腫瘍内科、原発巣の専門医局、心のケアをする精神科の医師がチームを形成して医療にあたるのが一般的です。

癌の様な複雑な病気を治療する上では当然だと思いますし、特に身体全体の癌の事を専門にしている腫瘍内科の専門医の存在は必要不可欠です。

しかし、日本に於いては本当の意味で全身の癌のことに熟知している腫瘍内科医はまだ
300名程度しかいないとのことです。

主治医も含めてどの医局も私の身体全体の事を理解してくれている医局が無い中、毎月疑われる転移の検査を受けながら会社の舵取りをしていく日々は徐々に私の心身に大きな打撃を与えるようになっていきました。

つづく



都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
カテゴリー: 癌との闘い タグ: パーマリンク

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