春一番

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電車の中で今年は春一番が吹いたかどうかという話を女子高校生たちがしていました。

春一番とは例年2月から3月半ば、立春から春分の間に、その年に始めて吹く東南東から西南西の風の強い風のことをいうそうです。

今年の冬は私にとっては例年に無く厳しい冬でした。

昨年の9月に行った左鎖骨上リンパ節に転移した癌を廓清(かくせい)するための手術の結果、左腕腕神経を二本切断しました。

それによる末梢神経にかけての痛みは気温の低さにとても敏感に反応し、気温が低いだけで末梢神経の痛みは倍増します。


2月の後半に少し気温が上がったと思ったら又寒い日々に逆戻りするという繰り返しには参りました。

3月に入っても三寒四温の日々が続き、本当に春一番の訪れが待ち遠しい今日この頃です。

寒さといえば、私の半生で一番寒い思いをしたのはカナダのカルガリーに行った時でした。

当時、私は三井物産の化学プラント部で北・中・南米・大洋州の担当をしていました。

大洋州の中の一国であるニュージーランドのメタノールプロジェクトをまとめるために、カナダの会社との国際企業連合を形成しました。

そして、入札準備準備のために度々カナダの会社が所在しているアルバータ州のカルガリーに出張しました。

アルバータ州にはバンフ国立公園や、セントルイーズの湖など、日本では見ることのできない大自然があります。

バンフ国立公園はカルガリーから100キロほどのところにあり日本からも多くの新婚旅行者が訪れるとても美しい場所です。

カルガリー近辺は、標高は1000mほどあるものの、大平原の西の端にあるため、ロッキーの急峻な峰々はまだはるか遠くに見えるに過ぎません。

しかしハイウエーを30分も走ると、山々が次第に迫ってきて、カナディアン・ロッキーに来たことを実感することができます。

最初の冬のカルガリーを経験した時の話ですが、カルガリーに到着してホテルに着いて一休みしたら、行きつけのステーキ屋に行きたくなり支度をしてホテルを出ようとしました。

すると、ベル・キャプテンが走って私に近づいてきて

『気温が急激に冷え込んで来ました。タクシーを呼びますからタクシーでお出かけ下さい』

と言いました。

私は、歩いて5分ぐらいの行きつけのステーキレストランに行くだけだからとベル・キャプテンの好意には感謝しつつそのままホテルを出ました。

確かに冷え込んではいましたが、ベル・キャプテンが血相を変えるほどの寒さではないと思いそのまま目的地に向けて歩いて行きました。

歩くこと約三分。徐々に身体が急激に冷えて行くのを感じました。

そして更に一分ぐらいしたら身体の芯まで凍っていくような、かつて経験したことのない寒さを感じ始めました。

そして、目的のレストランが100メートルぐらい先に見えたときはこのまま凍死するのではないかという恐怖感に襲われていました。


レストランに着いたら、案内係の人間が歩いて来たことに対して驚きの表情を見せていました。

気温は何とマイナス35度とのことでした。

食事を終えた頃は、身体はすっかり温まっていましたが、帰りはちゃんと店でタクシーを呼んでもらいホテルに戻りました(笑)

ホテルに着いたら先ほどのベル・キャプテンがまだいたので、注意してくれたことのお礼とそのときは意味が分からなかったけどとても貴重な経験が出来たと話しました。

翌朝仕事に向かうにあたり、昨夜のことに懲りて厳重に重ね着をして万全を期して出かけようとしましたが、外に出ると何となく生ぬるい感じでした。

気温を聞いてみると今度は一転してプラス15度とのことでした。

何と昨夜との温度差は50度です。

理由を聞いてみたところ、西からの風がロッキー山脈によってフェーン現象を起こし気温が上昇する、先住民のインディアン用語でシュヌークと呼ばれる自然現象のお陰で、一日で気温が40度から50度上昇することがあると言うことです。

その日は逆に汗だくでした(笑)

私の住んでいる横浜市は寒いといってもせいぜいマイナス2-3度だと思います。

それでも、これだけ寒さが堪えるのだから若かりし頃カルガリーで経験した寒さだったらどうなるのだろうなどと考えて昔の思い出に浸りながら直ぐそこまで訪れている春を待ち焦がれています。

カナダといえば思いだすのがブラザース・フォアの

Four Strong Wind

です。


1958年ワシントン大学の学生4人が結成したフォークバンドで甘い歌声と絶妙なハーモニーでその後の世界のフォークソングに大きな影響を与えたグループです。

Four Strong Wind

は、カナダのアルバータ州を舞台に、大自然の移り変わりの中で別れた昔の恋人のことを想う 男心 を歌ったとても優しい曲です。






都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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