いきいき(二回目の掲載)

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月刊誌 『いきいき』 の3月号に昨年の9月号に引き続き私に関する記事が掲載されました。

『いきいき』 は書店では販売しておらず契約購読誌ですが、日本の50歳以上の年代の人たちから最も購読されている月刊誌です。

私は、2008年8月に中咽頭癌が左首リンパ節に転移したレベル4の進行癌が発見されてからの闘病生活を中心とした自分の半生を手記に纏めましたが、私の闘病生活について 『いきいき』が関心を持ってくれ昨年の9月号に

『癌からの再生』

という記事が掲載されました。

しかし、皮肉なことに同誌が発行されたのと同じ週に癌の左鎖骨上リンパ節への転移が確認されたのです。

いきいきに私の記事が掲載されたことにより、それまで多くて一日10通程度だった相談メールが一挙に10倍に膨れ上がりました。

多くの相談メールは大病を患い将来に向けた希望を失っている方からのメールです。

そのため、私は果たして自分の転移のことを前面に出して良いものかどうか随分悩みました。

なぜなら、相談メールには最後の希望を私にかけて下さっている方からのメールが少なからずあり、私が転移のことを告知することによる影響を考えたからです。

暫くは転移したことを伏せてきたメールに対しては病院から日々返信メールを送っていました。

今回は、転移した癌が左腕神経叢(そう)に区込んでいたために、神経を二本切断しました。

左腕末梢神経の痛みは半端ではなく、最初は立って左腕をたらしている状態でも、腕の重さを肩が支えきれないような状態でした。

それ故、パソコンを打つ姿勢もとても辛く、暫くは右手一本で打っていました。

当時はタブレット型の端末も持っていませんでしたので、ノートパソコンを右手だけで打っていましたが、右手だけで大量の文章を打つには大変な操作努力が必要でした。

しかし、手術に引き続き化学療法と放射線治療の併用治療を受け、三週間の第一クールが終了して一週間の中休みを経て第二クールの治療が開始される間に、ブログを通して転移の事実を告知しました。

そのタイミングで告知したのは結果的には正解でした。

多くの方は私のことを

『単に癌を克服した患者ではなく現在も同じレベルで癌と闘っている同志』

として捉えて下さり、親密さが増しました。

今年の一月には聖路加国際病院の日野原理事長と月刊誌 『致知』 に対談記事が掲載されたことにより、私の元に届く相談メールは更に増えました。

相談メールに対しては原則24時間以内に何らかの回答をするように最善の努力をしています。

このたび、再度 『いきいき』に私の記事が掲載されることになった理由は、昨年の9月に掲載された記事が読者から大きな反響があったからだと聞いています。

私は3年間に二度に亘り癌の三大手術を全て受けました。

しかし、お陰さまで現在私の身体は癌細胞を撃破した綺麗な状態です。

近代医学の進歩には目覚しいものがありますが、まだまだ分からないことだらけです。

癌の発症、転移のメカニズムすら分かっていません。

私も医師の言うとおりにいっていたら今頃ここにはいません(笑)

大きな力によって新たな命を与えられましたが、私の体験談が少しでも大病を患って将来に向けた希望を失っている方々の支えに慣れればと思っています。

これからも日々の相談メールの返信に加え執筆、講演などを通して鋭意活動して行きたいと思います。




都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
カテゴリー: 健康 タグ: パーマリンク

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