大切なこと

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最近ニュースに度々登場しているトッピックスの一つは大学の入学を9月からにするかどうかという問題ですね。

東京大学がそれを発表したら複数の大学がそれに追随する動きをみせたと思いきや、それに反対する大学、識者、企業担当者の意見も紹介されひと時の茶の間の話題になっています。

私はこの動きは中長期的には浸透せざるを得ないのではないかと思います。

報道によると、9月入学制度幾つかの理由の一つとして、欧米を始めとする世界の大学の殆どが9月入学制度を採用しているので、日本も9月入学制度を採用することによって優秀な海外の大学生の日本留学への意欲が高まるということを期待してとのことです。

それに対して、過日来日した米国の教育者グループの代表者がインタビューに答え

『入学を9月にしたからといって、それ自体が多くの海外からの留学生が日本で学ぶ動機になるということに関しては甚だ疑問だ』

と、言っていました。

正にその通りだと思います。制度だけ変えても中身が伴わねば大きな変化は期待できないでしょう。

一方、私も昨今いろいろな関係者から意見を求められることの一つは

『医療観光』

についてです。

具体的には、日本の風光明媚な地域に第三セクター(国や地方公共団体と民間が合同で出資・経営する企業)などを設立して近代的な医療施設を建設、地方の企業の協力の下観光事業にも力を入れ、最新設備の整った医療施設で検診を受けつつ日本観光を満喫してもらうということです。

特にこれから成長するアジア諸国の富裕層をターゲットにしていきたいということのようです。

今年になってから既に三回にわたり関係する役所、地方自治体、関連企業/団体の話を聞き意見を求められましたが、私は次の三点を特に強調しました。

1.絵に描いた餅としては面白い話だが、
  ハード面だけを作り上げてもソフト面が
  伴わねば意味が無い。
  なぜなら、バブル期に軒並み第三セクター
  を設立して何十億、何百億の予算を投じ
  て作り上げたコンクリートの城が、今では
  砂上の楼閣として外資系はげたかファンド
  に二束三文で売却されている案件の二の
  舞になる。

2.医療観光の主たる目的が毎年リピーター
  として検査に来てもらうこであるべき。

  その為には、医療面の充実を図らねば
  仮に一度訪れてもリピーターとしての期待
  は出来ない。

  医療面を充実させ医療目的のために毎年
  来日した人たちがついでに、日本のいろ
  いろな文化に触れたり風光明媚な場所に
  行けるようにすべき。

3.それを実行するには、徹底的な国際化と
  現在の医局間に存在しているようなセク
  ショナリズムの垣根を取っ払わねばなら
  ない。

私が2008年8月から2010年12月までの闘病生活で体験した様々な現代日本の医療体制では、それが患者であろうが検診を受けに来る人たちであろうが全幅の信頼を寄せることは難しいと思います。

私が入院そして現在も経過観察のために通院している病院は地域を代表する大病院で将来は日本を代表する癌センターとしての役割を担うことを目指している病院です。

しかし、こと国際化という意味においては全く何もなされていないと言っても過言ではありません。

今まで外国人たちが受付で話が通じず、手助けしたことも10回ではききません。

しかし、受付の手続きは無事済んだもののその後の実際の診療はどうなったのか全く保証の限りでは有りません。間違いなく先進国の医療関係者の中で一番英語のコミュニケーション能力に欠けているのは日本の医師だからです。

ある医師が私に次のような話をしたことがあります。

『都倉さん。これからの日本は最低英語が話せねばならないのに、自分は全く英語が苦手なので子供には英語の英才教育を受けさせています』

『ほう。それはとてもいい考えだと思います。ところでお子さんはお幾つですか?』

『2歳になりました』

『エッ!?』

と、言うような遣り取りでした。

2歳といえばまだ日本語も話し始めた頃ではないかと思ったからですが、もしその環境を維持できるなら日本語も英語も同時並行的に学ぶことは可能です。

私の幼少の頃からの海外での生活体験を踏まえ、今までいろいろ語学教育関係に関する意見も述べて来ましたが、私は幼少の時にきちっとした方針の基に教育すれば同時並行的に5ヶ国語は楽にこなせるようになると思っています。

しかし、語学の問題などは本質論ではなく全く枝葉末節な問題です。


必要に応じて徹底的な短期集中教育を施せれば、半年で事足りるようになることは私が三井物産時代、独立起業してから部下を育てた経験則の中から間違いないと断言できます。

問題はそういう技術論の話ではなく本質論の話です。

これは単に医療界の問題だけではなく日本社会全体の問題でもありますが、医療社会にも根深く存在している

『村社会』

的な体質が改善されない限り、絶対に上手く行かないと断言します。

現代日本社会にはセクショナリズムなどという外来語の方が何となく分かりやすいという風潮がありますが、私が言っている『村社会』というのは

『全体の利益より自分の属している集団の利益を最優先する体質。同じもの同士で群れあい異質なものを受け入れない体質』

に集約出来ると思います。

毎月のように転移が疑われた時期は、主治医の院内予約の下にいろいろな医局で検査を受け、大きく分類すれば産婦人科と小児科以外の殆どの医局で精密検査を受けました。

その検査などが一つの医局を中心に制度的に行われたかというと全く異なり、各医局バラバラで、同じ患者の病気を診ている医師同士が顔を合わせた事も無いというのが当たり前でした。

この辺の事情は毎週水曜日に連載しています『癌との闘い』で詳しく書いてありますので省略しますが、要は幾ら近代的な立派な施設を作ろうが中身が伴わねば

『仏作って魂入れず』

の状態では、現在廃墟と化している過去のプロジェクトの二の舞になることは必至です。

そして、その大半は我々の税金で賄われているのです。

物事を推進するに際して一番大切なことは周辺の技術論ではなくその中核にある『志』の部分だと信じます。

『志』が明確であれば周辺の技術的なことはどうにでもなりますが、今までの失敗してきた国家プロジェクトは私なりの分析からすると、寧ろ周りの枝葉末節の部分が先行したものが多かったように見えます。


今後とも機会あるごとに私の意見を述べていきたいとます。



都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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大切なこと への2件のフィードバック

  1. 大岡一成 のコメント:
    正にその通りですね。個の確立がない衆愚政治になり、ただ群れるだけです。民主主義もあと百年はかかるでしょう。
    • 都倉 亮 のコメント:
      コメント有り難うございました。

      日本の民主主義は市民が自力で勝ち取ったものではなく第二次世界大戦後アメリカによって国を統治するために与えられたルールです。

      そのルールを国民が理解する前に高度成長に突入して物質文明を謳歌して政治が疎かになった付けが今回って来ているのだと考えています。

      人民の 人民のための 人民による政治

      の重要性に日本国民が目覚めない限り、本当の意味での民主主義国家の樹立は難しいと思います。

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