天才デザイナーとの出会い

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私の経営していた会社は一言でいえば

『暮らしをデザインする会社』

でした。


別にインテリアに特化していたわけではありませんが、暮らしをデザインする上で中心となっていた商品が北欧を中心とした、ヨーロッパのモダンカジュアル家具だったのです。

ヨーロッパのオリジナリティーを損なうことなく、日本の居住空間、ライフスタイルに合ったインテリアのデザイン、生産、輸入、販売を行う

という基本コンセプトからぶれることは一切無い商品開発を行っていました。

私がインテリア業界に参入を決断した理由はとても単純な理由でした。

それは、インテリアに関しては全くの素人で単に自分自身が快適な暮らしをしたいという  『一消費者の願望』 から参入したと行っても過言では有りません。

1990年代の中ごろまでは日本の輸入家具は、大手百貨店や専門店が独占的に扱っている商材でした。

どういうものが販売されていたかというと海外でで販売されているものをそのまま日本に輸入しているという状態でした。

居住空間が全く異なるヨーロッパのインテリアをそのまま日本で使用するとどうなるでしょう?

答えは一目瞭然です。

本来は『居住者が主でインテリアが従』でなければならないところ、主客転倒してインテリアが居住スペースを圧迫するという現象がおきていたのです。


値段もとても高く庶民にはなかなか手に入らない状態でした。

日本の都市生活者の80%の人たちの居住空間は80m2未満なのです。


例えばマンションでいえば80m2といえば普通はファミリータイプですが、それが幾つかの部屋として仕切られるのです。

詰まり、一部屋一部屋はワンルームマンションの延長として捉えられます。

あるとき、狭いワンルームマンション、具体的には6畳一間でお洒落な生活を諦めている人たちにでも快適なお洒落な生活が楽しめるようなインテリア開発をすることがひらめきました。

そのひらめきを感じたのは、以前スウェーデンのブルーノ・マットソンの生家兼美術館を訪れた時のことと、日本の都市生活者の暮らしがどうすれば快適になるかという二つのことが頭の中で融合した時のことでした。

ブルーノ・マットソン(1907-1988)はスウェーデンの誇る世界的な天才デザイナーの一人です。

スカンジナビアン・モダンカジュアル・デザインの生みの親であるブルーノ・マットソンは、無駄の無いシンプルなデザインと色使いを特徴とした開放的で圧迫感の無いデザインを特徴としています。


私はブルーノ・マットソン美術館を訪れた時に漠然と日本の居住空間に合うデザインだとは思っていました。

しかし、まさか後に自分が日本でブルーノ・マットソンのデザインを原点とした北欧モダンカジュアル・インテリアを手掛けることになるなどということは夢にも思っていませんでした。

限られた予算と空間しか持ち合わせていない人たちにどうしたら快適な暮らしが提供できるか

という命題に向けたチャレンジが開始しました。

そのためには、単にインテリアのサイズの問題だけではなく

必要な時に必要な機能を発揮して、そうでない時には居住空間を有効利用できる高品質且つ廉価なインテリアの開発

を行えば必ず都市生活者の心を掴めると確信しました。


当社の商品の多くはグッド・デザイン賞他さまざまなデザイン賞を受賞する栄誉に輝きましたが、その原点となる考え方は、シンプル・イズ・ベストという考えでした。

詰まり、ある機能を満たすため以外の不要なものを全て削ぎ落としていけば最高のデザインが生まれる、という私の考えが根底にありました。

この様なコンセプトで開発した商品は、お陰様で20代から40代の都市生活者を中心とした人達に多大な支持を受け、当社家具の多くは長年市場で一番うれているか、上位売り上げ商品として定着しました。

もし、ブルーノ・マットソンとの出会いが無ければ、私が北欧モダンカジュアル・ライフスタイルを日本に提唱することは無かったと思います。

『もし・・・が無ければ』

ということは人生について回る言葉ですが、2008年8月から始まった『癌との闘い』を経て『もし・・・が無ければ』ということがどれだけ頭をよぎったか分かりません。

しかし、今となっては

『全ての結果にはそうなるための理由があり、それを受け止めることが出来るかどうかが心の平安を得られるかどうかの分かれ目』

だということがわかっています。

私のもとに相談メッセージを下さる方にも、目の前の現実を受け入れることの大切さを私の経験則の中からお話しています。

同じ『もし』でもこの “If(もし)” という曲は、男性が遠く離れた愛しい女性を思う気持ちを歌った曲です。

”もし(If)自分が一度に二つの場所にいられるとしたら一つの身体は必ず君の側にいるだろう・・・。”

”もし(If)地球の回転が少しずつ遅くなりやがてその活動を終えるときには、最後の時は必ず君と共にすごすだろう・・・。”


Breadの1971年のヒット曲 “If” です。



都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
カテゴリー: 文化 タグ: パーマリンク

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