人生のデザイン

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先日久ぶりに親しいデザイナーに会いました。

日本を代表するアートダイレクターでもあり、日本のインテリア業界ではリーダーとしての役割を果たしている人の一人です。

私が経営していた会社は北欧を中心としたヨーロッパのモダンカジュアル家具をヨーロッパのオリジナリティーを損なうことなく日本の居住環境、日本人のライフスタイルに合うようにデザイン、生産、輸入、販売を手掛けていた会社です。


当社の主力商品は全てオリジナルデザイン商品でグッドデザイン賞を始めとする多くのデザイン賞を受賞しましたが、私のデザインに関する考え方はとてもシンプルでした。

私は優れたデザインは実用に繋がるという考えの信奉者です。詰まり、デザイン=実用という考えです。

一方、著名なデザイナーでデザインはアートだと考えて優れたデザインをしている人たちもいます。

私がお目にかかった方もどちらかというとこの範疇に入るデザイナーの人です。

どちらかというとデザイン=アートとして考えるタイプのデザイナーは私の様なデザイン=実用という考え方の人間を敬遠する傾向にありますがこの人は別でした。

ある時、当社にお電話があり私に会いたいということだったのでお目にかかりましたが、お目にかかって直ぐに意気投合しました。

同氏の言葉によると、通常の売れ筋商品だけでは評価しないが、当社の場合はデザイン性に優れた商品を大量生産ラインに乗せることに成功している稀に見る会社との評価でした。

これはその通りで、私は開発者側のこだわりというものはとても重視することはしましたが、開発者側の自己満足にならないように細心の注意を払っていました。


良く私の考えに基づき当社のデザイナーが図面をおこし、試作品が出来上がった段階で当社のデザイナーの責任者が若手社員を集めいろいろ社員の意見を聞いていました。

そこで若手社員が本人の考えと違うことを発言すると

『き、君!もっと勉強してから発言しなさい!』

などという、発言者の不勉強を諌める発言が目立ちました。


確かに不勉強な一面はあるのでしょうが、その社員を諌める以前に開発者としての思い込み、奢りがなかったかどうか考えてみる必要があるのです。

確かにその若手社員は開発者側の人間としてもっと知識がなければならないかもしれませんが、我々のお客様は殆どがインテリアの専門的な知識など無いお客様です。

そういうお客様が下した評価に対して、果たして

『不勉強だからもっと勉強してください』

と言えるでしょうか?


私は細部のことで迷うと市場の声に耳を傾けることを通常の慣行にしていました。詰まり、モニターの声を聞くのです。

多くの場合はモニターの賛同が多い方の意見に従いました。意見が分かれたときは私が判断しました。

こうした消費者が

『自分も商品開発に参加した』

と思っていただける商品をいろいろ市場に投入しました。

それでは消費者の人たちはどのくらいデザインのことがお分かりなのでしょうか?

殆どが専門知識のない方です。

しかし、消費者の声を反映させていくとデザインはどんどん研ぎ澄まされていくのです。

自分達が使用する商品の開発に自分達も参画したという自覚を消費者に持って頂くことはその後の実際の販売を開始する段階でもとても大きいことです。

何よりも大きな影響力を与えるのは販売者側の宣伝ではなく実際の消費者の声だからです。


さて、私のもとに届く多くの大病を患っている患者並びにご家族からのお問い合わせはあたかも医師に自分の余生のデザインをして貰っているような内容のものが殆どです。

医師によってデザイン能力の高い医師もいればデザイン能力の低い医師もいます。

しかし、私が強調したいのは皆さんの人生をデザインすべきは皆さんご自身で決して医師ではないということです。

医師の描いたデザインで、皆さん方がその後の余生のあり方を決めてしまうほど馬鹿げたことはありません。

信頼できる医師のデザインなら参考にすべきではあると思います。

しかし、皆さんの

『人生のデザインは』

本来は皆さん自身がおやりになるべきです。


少なくとも、デザインは医師まかせにすることなく積極的に参画して、納得のいくデザインを仕上げて下さい。




都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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