癌との闘い-17(医師のさまざまな発言)

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本『癌との闘い』の連載は、2008年8月から2010年12月までの二年間に亘る闘病記です。

以下、2月1日投稿の癌との闘い‐16(癌患者と鬱病)のつづきです。


本著を書くにあたって『当時のメモ』を参考にしていますが、医師と前述の遣り取りがあった日のメモには次のように書いてありました。

『・・・医師は精密検査の結果転移の可能性は少ないと言っているが、・・・医師は更なる検査をしてみないと分からないと言っている。』、

『・・・医師は調子の良いことしか言わないから俄かに信じられないとのこと』、

『三回目の正月を迎えれるかどうかが勝負?』、

『医師によって言う事がまちまちで統一されていない。誰の言っていることが正しいのか?』、

『医師の言うことに整合性がない。頭が混乱して精神的にも落ち込む・・・』等々。

束になったメモを参考にしながら当時の医師との遣り取りを纏めていますが、当時私が病院側に抱いていた疑問点、一部の不信感、また精神的に追い詰められて行った様子が良く分かります。

大学病院系は、中心となる医師はその大学出身者の場合が多く、更にその中にも派閥があるようです。

大学病院系ではない総合病院も、細かく見ると医局ごとに同じ大学出身の医者が集まっているところも多いように思います。

そして意思決定が行われる場合、『全体ではなく、自分の属しているグループの中の判断基準』が、何よりも優先されるのです。

日本社会の縮図がそのまま医療界にもあてはまると思いました。

日本では『官僚的』という言葉に代表される『自分の役所の利益を他よりも最優先する』という行動基準は、残念ながら日本社会のどのレベルでも存在していると思います。

本編を書いていて全てに共通している事は、日本人の『同じグループ内での結束の強さの反面、同じグループ以外の人間の処遇に対する無関心さと冷たさ』のような気がします。

日本人が美徳としてきた他人に対する思い遣りが、一般社会では無くなって来たと言われて久しいですが、医師になる人間も学生時代の偏差値教育の優等生が医師になっているケースが多いのでしょう。

単に理数系を中心とした偏差値が高い人間ではなく、それ以上に本来日本人が美徳としてきた『他人に対する思い遣り=患者に対する思い遣り』こそ、現在の医療界に携わっている人間に一番求められている事じゃないでしょうか?

しかし、残念ながら医師の多くは偏差値教育の優等生がそのまま医学部を卒業して医師になっているような気がします。

その医師になる過程に於いて、『医療とは何か』、『医師の仕事は心と身体が一体となった一人の人間を診る』という事が忘れられているのではないでしょうか?

更に、多くの医師は病んだ患者とは日々接しているものの、自分自身が大病を患ったことが無いということも、患者の気持ちが分からない原因のひとつだと思います。

もし、医師自身が生死の境をさまよう様な大病を患った事があるなら、いたずらに患者の不安を煽るような発言は絶対に出来ないはずです。

亡父との関係で親しくさせて頂いていた日本赤十字病院の故竹中文良先生は1991年に『医師が癌にかかったとき』という著書を出されています。

竹中先生から、自分が医師と言う立場で癌患者の手術をしていた時は、『がん患者の事を分かったつもりでいただけで、本当の意味での患者の肉体的、精神的苦しみが全く分かっていなかった』、『実際に自分が癌になってみてようやく本当に癌患者の多面的な想像を絶する苦しみを理解することが出来た』、と直接伺ったことがあります。

その時は、私はまだ癌などと言う病気は自分には関係なく、先生はあくまでも私がクモ膜下出血を患った事を気遣い、私の事を励ますつもりでおっしゃって下さったのだと思います。

そういう先生ご自身のご体験を背景に、先生は後に癌患者の精神面を支えるためのNPOジャパン・ウェルネスを立ち上げられました。

医師に限った事ではないですが、特に『患者と言う弱い立場の人間』に接する医師に求められるのは、医学の知識もさることながら『人の心の痛みが分かる感受性』では無いでしょうか?

真剣に自分の事を思ってくれているのかそうじゃないのかで患者の心身に及ぼす影響は全く違います。

医師の言うことがポジティブであるに事にこしたことは有りません。しかし、仮にネガティブな診断でもその医師が本当に自分の事を分かってくれているという安心感が有れば、患者としては現実を受け入れやすいのです。

患者にとって一番辛く孤独に苛まれるのは、『医師が自分の事に関して無関心』だと感じた時でしょう。

現在医療に携わっている人間や将来医療に携わる人間に対しては、『貴方達の言動で患者の容態は良いほうにも悪い方に向かう』ということを強く認識して貰いたいものです。

良い事を伝えるにしても悪い事を伝えるにしても、患者が一番求めている事は、『自分を診てくれている医師が本当に自分の事を分かってくれているかどうか』なのです。

つづく

都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
カテゴリー: 癌との闘い タグ: パーマリンク

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