タレント

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日本においてはのカタカナ用語の反乱に関しては、昨年も度々ブログで意見を述べさせて貰いましたが、

『タレント』

という言葉も語源とは全く異なるジャパニーズ・イングリッシュとして独自の日本のみで通用する市民権を勝ち取った単語ではないでしょうか(笑)

元来のtalentという言葉の意味は

『才能、素質、手腕、力量、腕前』などという意味で、例えばピアノの才能などという意味で使う場合はtalent for piano(タレント・フォー・ピアノ)という風に使われます。

ひるがえって日本語として市民権を勝ち取ったタレントという言葉はどうでしょう?

意味は一転して、

『テレビ・ラジオ番組に出演する歌手・俳優・司会者や文化人などを指す言葉』

になります。

年末にヨーロッパの大使館のカクテル・パーティーにご招待頂き顔を出した際、日本語で言うタレントの人が参列していました。彼女は民放の番組で同国を取材したそうで、その関係で招待されていて司会者の人に紹介されていました。

司会者の紹介を聞きそびれた隣のテーブルにいた一人の外国人がやはり同じテーブルににいた日本人の上場企業の社長に

“Who is she?(彼女は誰ですか?)”

と聞いたところ

”She is Japanese talent.(シー・イズ・ジャパニーズ・タレント/彼女は日本のタレントです)”

と答えていました。

外国人は

“Wow. That’s great! What is her profession?(それは凄い!彼女の専門はなんなのですか?”

と質問が続きました。

『・・・・・・・・・・』

そのへんから会話のやりとりの雲行きが怪しくなってきているのを隣のテーブルで感じました。

簡単に説明しますと、話は『タレント』という意味の理解が違うために全く通じ合っていなかったからです。

日本人は単に

『彼女は日本のタレントです

と言ったのに対して、それを聞いた外国人は

『彼女は日本の才能です。ひいては「日本を代表する逸材です」』

という風に受け取ったから

『それは凄い!彼女の専門は何なのですか?』

と続いたわけです(笑)


私は別の外国の人たちと話していましたが、頃合を見計らってその人たちと別れ隣のテーブルに移動しました。

その外国人とは顔見知りで、日本人の上場企業の社長とも面識があったので、その二人に会釈して会話に参加しました。

そして、その日本人が洗面所に行った時に簡単に先ほどのやりとりで平行線に終始していた部分に関して説明をしたところ、

外国人は目を丸くして

『日本人というのは凄いですね。外国語を元の意味ではなく全く別個な意味を持つ日本語にしてしまうのですね!』


とひたすら感心していました。

凄いと言えば凄いのでしょうね(笑)

私は日本人として、『タレント』という言葉の様に既に殆どの日本人に

『テレビ・ラジオ番組に出演する歌手・俳優・司会者や文化人などを指す言葉』

という意味のジャパニーズ・イングリッシュとして認知されている言葉なら、日本人同士の間で使われる分には構わないと思います。

外人に対して使うと上記のようなことになるため 要注意 ですが(笑)

しかし、日本人同士の会話の中に、敢えて意味をぼかしたり分からなくするために使われている度を過ぎた カタカナ用語 の氾濫には首を傾げざるをえません。

それは、比較的教養の高いと言われている人達の口から出ることが多いと思われます。

私は日本の政治家が教養が高いとは思いませんが、特に政治家の口から発せられる カタカナ用語 には度々閉口させられます。

過去にも何回か述べましたが、政治家の最重要な仕事は自分の言葉を国民に理解して貰えるように最大限の努力をすることです。

しかし、実際に使っている言葉といったら日本語でも

『是々非々』、『粛々』、『政局でなくて政策』


など一般的に馴染みのない言葉の連発で、カタカナ用語にいたっては

『マニフェスト(政権公約)』、『戦後レジーム(体制)』

など、括弧内の立派でより分かりやすい日本語があるにも拘らず敢えてカタカナ用語を使いたがる神経は理解しがたいです。

なぜメディアもその辺をもっと追求しないのかも不思議です。

私は日本語以外に4ヶ国語を理解し、英語とドイツ語に関してはほぼ日本語と同等のレベルで理解できますが、それらの言語と比べて日本語は非常に本質的な意味をぼかして相手にある範囲内で自由に解釈して貰うという表現を用いることが多々あります。

更に

『行間を読む』、『言外の意』

などおおよそ日本人同士でも

『同じ村社会』

に属していなければ通じない言葉が使われ論理が展開がなされています。


私は幾ら大層な理念に基づこうが伝えたい相手に伝わらない表現は

『単なる自己満足の独り言』

という風に捉えています。

私は皆さんに私の配信している情報を理解して頂くことが最重要事項ですから、

*カタカナ用語は日本人の間で認知されている用語以外は使わない。

*一般的な日常会話で使われていない言葉は極力避ける。

*高校卒業の国語力があれば理解出来る文体で書く。


ことに注意しています。

もし、分からない表現、単語他がありましたら、是非ともご指摘下さい(笑)









都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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タレント への4件のフィードバック

  1. 都倉さんへ のコメント:
    小生が日ごろ感じている問題をズバリ指摘してくださり、胸のすく思いです。小生はtalentのかけらもないような「タレント」がぞろぞろ出てくる我が国のTV番組は、ニュース、天気予報、一部のドキュメンタリー番組、スポーツ中継を除いて視ないことにしております。また「第三回目の敗戦」とも言われる国難の時期に、先の戦時中と変わらず「大本営発表」を垂れ流すだけの大新聞もほとんど読みません。頼りにしているのはネットで見るNYTimes, Washington Post, International Herald TribuneなどのQuality PaperやBBCなどです。某大學弁論部卒業の政治家(といってもほとんどがPoliticianでStatesmanらしき人はほとんど見当たりませんが)が流行らせたと思われる「粛々と」などという言い方も、だだもったいぶっているだけだと思うし、妙なカタカナ語「マニフェスト」なども何が言いたいのかわからないので無視しています。因みに「マニフェスト」を流行らせた民主党という政党には、政党として我が国をどどのような国にしようとするのかを明文化した「党綱領」がありません。小生は自由民主党と日本共産党の綱領は読んだことがあります。自民党は「憲法を改正する」と謳っているし、共産党は「米日独占資本を倒して革命をやる」と書いています。当面の政策ではなく、この国の将来をどういう方向にもっていこうとするのかを明示しないい政党に大量の得票を与え、政権を預けてしまった国民も問題ですが。
    小生も都倉さんにはとても及ばない外国語能力ながら、乏しい英語と中国語力を動員しつつその程度の努力はしております。
    外来語の件については、小生は先年没した尊敬する批評家加藤周一にならい、表記するときは元来の文字(アルファベット、中国語の場合は漢字)で表記し、その言語通りの意味しか使わないようにしています。カタカナによる外来語表記を全く否定するつもりはありませんが、都倉さんが先日指摘なさった「リストラ」もそうですが、元来の意味から外れた、また日本だけでしか通用しない別な意味に変わってしまう場合が多いので気を付けているのです。ただ日本人の特技「和製英語」の中には、かの有名な「ナイター」などの大傑作があり、こういうのは日本人の誇るべき造語能力の発露だと思います。いつか自分もこうした傑作をモノしてみたいなとおもっております。
    • 都倉 亮 のコメント:
      興味あるコメント有難うございます。

      もともと存在する外来語は元々の意味を大幅に変えたジャパニーズイングリッシュにしない方が良いでしょうね。

      ナイターのようなオリジナルジャパニーズ・イングリッシュはどんどん作れば良いですね(^^)
  2. 都倉さんへ のコメント:
    以前小生のプログにも書いたことで恐縮ですが、英語からの翻訳語(漢字表記)のなかで注意すべきものに「国連(国際連合)」があります。”United Nations”の訳語自体としては問題ないと思いますが、大学時代第二外国語として中国語を選択して以来、商社員としては台北、北京、香港の各都市に駐在し長年にわたり中国との貿易、投資、事業活動に携わってきた小生は、中国人がこの英語を「聯合国」と訳していることに、我々日本人は注意を向けるべきだと思ってきました。(訳としては「国連」よりも正確と言えるかもしれません。)問題はこの中国語のもつ歴史的意味なのです。言うまでもなくUnited Nationsは第二次大戦時の英、米、中、蘇の4箇国の連合を指す言葉で、独、伊、日三国をはじめとする「枢軸国(Axis Powers)」と対立し、戦いました。その組織としてはこの4箇国が1943年モスクワに集い、国際平和と安全維持のためのっ国際機構の設立を宣言したことを淵源とし、1945年6月この4箇国を先頭とする50箇国がサンフランシスコに会し、憲章を採択したことを出発点としています。大戦におけるUnited Nationsの勝利(不思議なことですが、こういう時日本人は「国連」という言い方はせず、「連合国側の勝利」という風に中国語と同じ表現を使います。)によりその組織は世界平和のための普遍的価値を持つものとされるようになり、1960年かつての敵国日本も加盟を許されたのです。御明察のとおり、中国人が「聯合国」という言葉を使うときには「我々は日本他に対する戦勝国である」という思いが込められています。多くの日本人は「あの戦争60年以上も前のことではないか」と言うかもしれませんが、中国三千年とか六千年とかいう国の人々です、つい昨日のことぐらいに思っているはずです。今や世界経済の牽引者となったかの国の人々も、1972年の国交回復以降80年代、90年代初頭まで、「日本は小国で敗戦国のくせに何故あんなに豊かになっているのか?」と羨望と些かの反感を胸にしまいこみながら日本と付合ってきたのだと思います。中国人は大人です。小生も中国人との長いお付き合いの中で、彼らから我が国に対する不愉快な発言、表現をぶつけられたことは一度もありません。大国ゆえ大きな問題をたくさん抱えてはいますし、日中間に多々問題もありますが、中国がここまで繁栄する今、我々は漸く妙な気遣いをせず、対等、フランクに話ができる時代を回復することが出来たと思います。日中の交流は数千年に及びます。1894ー95年の日清戦争以来1972年の国交回復時までの不幸な時期は、この長い交流の歴史から見れば極めて短いものに過ぎません。ここを抑えながら今後も日中間の善隣・友好に微力を尽くしたいと考えております。

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