追加投稿

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現在私はフェースブックの5つのグループのウォールに日々ブログを連動させています。

本日私がブログを投稿しているグループの方から、以前私が 他の人が投稿した記事に対してコメントした記事を ブログでアップするように依頼を受けました。

その投稿は、第二次世界大戦中の軍幹部を紹介したものでした。

その投稿に対して

『第二次世界大戦の日本軍幹部は戦犯なので同グループの投稿記事内容としては不適切』

との反対意見が投稿されました。

それに端を発し侃々諤々の議論が展開され、コメントの遣り取りは70に達しました。

私はコメントが60ぐらいに達していた時にこの投稿を読み私なりのコメントをしました。

下記コメントを通して、私はSNS(ソーシャル・ネットワーク・システム)という我々が初めて手に入れた手段が、如何に我々日本人社会に自由な発言の場をもたらしてくれたかと言う事と、自由な議論があってこそ未来に向けた展望が開けると言うことを強調したいと思い、

『私がドイツで通ったアメリカンスクールの近代史の授業』

で行われた討論の一場面のことを書かせて頂きました。

13歳時のたった一時間の授業の中での体験は、その後私が人生の難問に立ち向かう上で自由な議論の大切さを学ばせてくれたのと共に大きな支えとなった一時間でした。

以下が私が投稿したコメントです。

先ずは投稿者、反論者、更に第三者の人たちが非常に大きな問題意識を持って当該議題に付いて議論を戦わせていることに対して最大限の敬意を表したいと思います。

かつて、日本にこの様に不特定多数の人間が特定の問題に関してリアルタイムで熱い議論を戦わせることの出来る場があったでしょうか?

民間放送の深夜番組で朝まで議論が展開される番組も、司会者が発言者を煽ったり、発言者の発言を制したりして自分のシナリオに乗せた議論に持っていこうとする意図が読み取れ、本当の民主的な議論の展開は何処までなされていたかは甚だ疑問でした。

そういう意味で、私はFB三田会はありとあらゆる塾関係者が24時間リアルタイムで自由な議論が出来ると言う『日本の歴史の中で初めての試み』と言っても過言じゃないと思います。

当該投稿には既に60を超えるコメントを通じた熱い議論が戦わされていますが、FB三田会のウォールでこんなに白熱した議論が展開されたことはかつて無いと思います。

ましてや、一般のFBのウォールでこの様な白熱した議論は先ず有り得ません。

議論が展開されている中で、投稿者の選んだ議題が適切かどうかに関しての議論もなされていますが、私は議題として投稿者が自己責任の下に投稿するかぎり、ありとあらゆる議題が排除されてはならないと考えます。

私が父の仕事で冷戦化の最中、世界で一番米国とソ連の関係が緊張していた頃の西ベルリンのアメリカンスクールに通学していた時の出来事についてご紹介させて頂きたいと思います。

私が通っていたアメリカンスクールは西ベルリン駐屯の米軍及び軍属の子弟が通う学校で、子供達の父親の多くは第二次世界大戦や朝鮮戦争に出征した軍人の子供達でした。

13歳の時の近代史の授業で、『広島、長崎への米軍の原爆投下の是非』に付いての議論がなされました。

日本では考えられない授業形態ですが、先生は議事進行を行うだけで13-14歳の生徒達がそれまで学んだ知識の中で一時間の授業時間内で徹底的に議論を戦わせるのです。

圧倒的多数の生徒達の意見は

『戦争を終結させるために原爆投下は当然の行為であった』

と言う意見でした。

私は唯一の日本人でしたので決して楽しい議論では有りませんでしたが、発言の機会を貰い

『広島、長崎に対する原爆投下は無実の一般市民を巻き込んだ人類史上最大の虐殺行為だと思う』

と発言しました。すると一人の生徒が激怒して

『シャット・アップ、 ジャップ(黙れこのくそ日本人野郎)』

と私の発言を遮るように怒鳴りました。

間を入れず、議事進行役の先生がその生徒を部屋の後ろに立たせ授業中に一切の発言を禁ずる罰則を与えました。

その後、勇気ある生徒が

『戦争を終結させるのが目的であったなら、何も実際に日本の一般市民を巻き添えにすることなく海上に原爆を投下する方法もあったと思う』

と発言したことをきっかけに、それまで戦争終結のための当然の行為と言っていた生徒も自分達の発言を修正し出しました。

授業の終了前に議事進行係の先生が一言

『皆さん、いろいろな建設的な意見を戦わせてくれて有り難う。民主主義というのは異なる意見を持った人達が議論を通じて歩み寄りを図るという理想的な制度なのですよ。本日の原爆投下の是非に付いては引き続き君たちの世代でじっくりと考え、決して風化させてはいけない事だと思います。しかし、先生は個人的には、必ず米国の良心が原爆投下によって無実の日本人一般市民を巻き添えにしたことを、米国旗の下で恥じて詫びる日が来ると思います』

と言って授業を終了しました。

この一時間の授業は私の10歳から14歳まで通ったアメリカンスクールの授業の中で最も印象に残った授業で、ここで戦わされた議論を通じて子供ながらに米国の良心を垣間見ました。

授業が終わった後、暴言を吐いて後ろに立たされていた生徒も私のところに来て

『アイアム・ソーリー、 リョウ』

と言って握手を求めてきました。

因みに、この出来事をきっかけにその生徒とは大の親友となり今でもメールやクリスマスカードの遣り取りを続けています。

願わくばFB三田会も各位が自己責任の下にいろいろな議題に付いて問題提起を行い、それに対する活発な議論が展開されると言う、かつて日本に存在しなかった真の民主主義国家の姿が反映される場に育って欲しいと思います。

以上が私がコメントした内容です。

少しでも私のブログをお読み下さっている方々とフェースブックの他のグループの方々のご参考になれば幸いです。

皆様今年はいろいろお世話になりました。

良いお年をお迎え下さい。

来年も宜しくお願い致します。

都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
カテゴリー: 日記 タグ: パーマリンク

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