2011年を振り返って

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今年最後のブログ投稿ですが、今年は私にとっていろいろなことが集約された一年でした。

先ず今年の元日は、私にとって節目の日でした。

2008年8月に中咽頭癌が左首リンパ節に転移したレベル4の進行癌が発見されました。

9月から12月までに癌の三大治療を全て受けましたが、発見された段階が非常に手遅れに近い状態であったこともあり、2年以内に転移再発する確率は80%以上、3回目の正月を迎えられることは微妙という診断だったからです。

それ故、昨年の『ゆく年くる年』を見て私ぐらい年が明けるのを心待ちにしながら、新年に向けたカウントダウンをした人間も少ないのではないかと思います(笑)

年が明け『闘病生活及び私の半生を纏めた手記』を、手記を書くことを勧めて下さった聖路加国際病院の日野原理事長にお持ちしたところ、直ぐに出版すべき内容との過分なお言葉を頂き、出版社のご紹介を頂きました。

しかし、話が進んでいた過程で東日本題震災が起こり出版社の印刷設備が被害を蒙り出版の話が足踏み状態をしていたところ、月刊誌の『いきいき』より私の闘病に関する記事を掲載したいとの申し出を受けました。

それまで知りませんでしたが『いきいき』は、契約購読月刊誌で50代以上の年齢の人達の購読者が一番多い月刊誌なのです。

9月に『いきいき』が発行されるのを私の本格的な行動開始の時期と位置づけ、6月31日からブログを書き始めました。


ブログの主たるテーマは、私の闘病生活を通して実感した『患者から見た現代日本の医療体制』を中心とした、現代日本社会が抱えている問題点に対する追求で、『日本の村社会的体質の改善に向けた情報配信』としました。

私の定義している『村社会』とは

『同じ類で群れあい異質なものを受け入れることの出来ない体質』、『全体の利益よりも自分の属している集団の利益を最重視する体質』

に集約されます。

私はこの『村社会的な考え方及び行動基準』が改善されない限り、日本が現在直面している閉塞感からの脱却並びに日本人が本当

の意味での世界市民の一員として受け入れられることは無いと確信しています。


幼少の頃から父の仕事で海外生活が長く、14歳になるまで1歳から7歳、10歳から14歳になるまで11年間ドイツで過ごしました。2回目のドイツ滞在時は当時の西ベルリンのアメリカンスクールに学びました。

冷戦下、東西ベルリンが壁によって分断され世界で一番緊張していた地で、アメリカの軍属の子弟が通うアメリカンスクールで学んだ日々は、国を守ることの重要性、国が分断されることの悲哀を肌を通して私に実感させてくれる日々でした。

また、帰国後目の当たりにした現代日本の政治体制も私には非常に疑問だらけのことばかりでした。

市民が自力で勝ち取った民主主義ではなく、第二次世界大戦後米国に与えられた『民主主義というルール』を、国民が理解する前に高度成長に突入して物質文明を謳歌していた日本の姿は、私には『砂上の楼閣』の様に見えました。


更に、それに何も疑問を感じることも無く経済成長を謳歌し、伝統的な日本の道徳、価値観も薄れ、国の根幹をなさねばならない政治が本来あるべき姿として機能していないことに関しては危機感すら抱いていました。


今年は中東諸国を中心として長年市民を圧政によって統治していた独裁政治が次々と市民革命により覆された年でした。

情報の統制、ありとあらゆる弾圧で民意を押さえ込んで来た独裁政治を覆したのはSNS(ソーシャル・ネットワーク・システム)というフェースブックを始めとした市民同士が真の情報の共有を可能にする手段でした。

私はこのSNSに限りない可能性を見出しました。

日本は独裁国家では有りませんが、多くの日本人が国内で得ている情報は一元管理された情報です。

同じテーマでも欧米のメディア報道と比べると温度差を感じることがしばしば有ります。

現在日本国民が世界中の必要な情報を必要な時に共有し、必要な時に独自の情報を配信できる手段はェースブックを始めとするSNSしか思い浮かびません。


最初に私はブログをフェースブックの一般ウォール及びツイッターに連動しました。

しかし、直ぐに私のブログは内容的にも量的にもツイッターよりフェースブック向けだと思い、フェースブックでの訴求に力を入れていたところ、フェースブック内のいろいろなグループからお誘いを頂き、現在フェースブック内の5つのグループのウォールにブログを連動させています。

このフェースブックによる情報の共有の動きは、当初私が考えていたよりも遥かに早い動きで進みました。


短期間に北海道から九州に至るまでのネットワークの構築が出来、日々皆様と24時間リアルタイムで情報交換が出来る基盤が出来上がりました。

それまでも、独自のルートでの海外との遣り取り及び駐日大使館経由様々な情報収集を図ってきましたが、この短期間で構築できたネットワークの将来性は、従来私が最も重視していたネットワークを遥かに凌駕するものだと確信しています。

このネットワーク経由の情報配信を中心に、現代日本の抱えている様々な問題点に付いて来年も鋭意訴求して一つの大きな運動にして行きたいと考えています。

2008年に癌が発見されてから多くの良心のある医師、看護スタッフに支えられて来ました。

『医師達のカルテ』に従うと今日現在私が皆さん方にメッセージを配信している可能性は限りなく低いものでした。

しかし、『神様のカルテ』に書かれていた私の診断内容は全く違うもので有ったようです(笑)


運命のいたずらで9月に『いきいき』が発行されたのと同じ週に『癌の転移』が確認され、それから再び癌の三大治療を受けました。

敵は化け物みたいな難敵で、一度撃破したと思ったのが姿を変えより強力な姿で私に闘いを挑んで来たのです。

しかし、今回も撃破することが出来ました。

今現在は私の体内から癌細胞は消失して、再び私の身体は綺麗な身体に戻ることが出来ました。


それ以上に、2008年からの二年間に亘る闘病生活で、私はそれまでのひ弱な人間から『逞しい戦士』に生まれ変わることが出来たと思っています。

『癌』という化け物が私のことを恐れおののかすことはもはや出来ないのです。

今後とも、天に召される日が来るまでライフワークとして、日本が少しでも良くなるように微力を尽したいと思います。

今年一年皆様方から頂きました多くの暖かい応援に深謝です。


良いお年をお迎え下さい。来年もよろしくお願い申し上げます。
















都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
カテゴリー: 日記 タグ: パーマリンク

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