癌で逝った二人の医師の言葉

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私はここのところ入院が重なったことと外来の治療が多かったので研修医たちと話す機会が度々ありました。

私は必ず、初対面の研修医だと一言、二言声をかけ、少しでも医師として患者の気持ちが分かるためにどうしたら良いかという例え話で

『死なない程度の大病をすると患者の気持ちが分かりますよ』


と話します。

なぜなら、2008年から始まった私の『癌との闘い』の中で、どれだけ多くの患者の気持ちが分からない医師たちに出会ったか分からないからです。

しかし、私がアドバイスするのはこれは決して患者のためだけではなく

『人間の尊厳』『死というもの』

を理解することなく医師になりそのまま医師生活を送ると、必ずあるときその医師は

『大きな代償』

を払うことになるからです。


それは

『死が第三者的なものとしてではなく自分自身のもの』

として訪れた時に初めて分かるのです。



稀代の秀才としてその名を知られ、若くして解剖学の分野で多くの業績を残した元東京大学医学部の細川宏教授(1922~1967)は、44歳で癌のため逝去されました。闘病中に書かれた多くの詩が、後に遺稿詩集『病者・花』として纏められましたが、その中には、とても心に残る詩が多数編集されています。

同氏は主治医に『癌』であることを告げられませんでしたが、自分の病気を癌と知りつつ、なお他人には口外しないで、その多くの詩の中に病魔と闘う姿を表しています。

英語でペイシェント(Paitient)とは病者を意味する一方で耐えるという意味もあります。同氏はPatients must be Paitient(病者とは耐え忍ぶ者の謂れである)と詩集の冒頭の『病者』という長編詩でうたっています。

そして自身の心の内を

『病者は辛抱づよく耐え忍んでいる 何に耐え何を忍ぶというのか その身を襲う病苦の 激しくかつ執拗な攻撃を じっと耐え忍ぶのだ 身を守るべき一片の盾もなく 敵を反撃すべき一握りの武器もなく 前身を敵の攻撃にさらしつつ ただ一基のベッドに身を伏せて ひたすら時の経過を待つのだ・・・』

更に

『・・・ああこの夜の底知れぬ深さと 永劫とすら思える長さに 病者は耐え忍ばねばならないのだ・・・』

と続き、最後に

『・・・病者の忍従の力が 何時の日か必ず 理不尽な病魔の暴力に打ち勝って 全ての苦悩を 追憶の淵に放擲(ほうてき)する日がやってくるであろう その日の接近をつげるひそやかな足音を 病者はじっと耳をすまして待つのである』

と締めくくっています。

私は2008年に癌の三大治療を受けた後の二年間の『癌との闘い』の中で心身ともぼろぼろになっていた時期に同氏の詩集を読みました。

同氏は、東京大学の入学も医学部の卒業も最優秀、更に陸軍軍医学校でも千何百人という中で教官が驚くほどの成績を示して一番で卒業したということです。その後も若くして多くの業績を残した同氏でさえ、癌との闘病に関しては病者としての恐れ、不安を抱いてことを知り、私の心の負担が少し軽減したことを覚えています。


また、亡父との関係で親しくさせて頂いていた日本赤十字病院の故竹中文良先生は1991年に

『医師が癌にかかったとき』

という著書を出されています。

先生は、自分が医師と言う立場で癌患者の手術をしていた時は、

『がん患者の事を分かったつもりでいただけで、本当の意味での患者の肉体的、精神的苦しみが全く分かっていなかった』、『実際に自分が癌になってみると漸く本当に癌患者の多面的な想像を絶する苦しみを理解することが出来た』


と、直接伺いました。

そういう先生自身のご体験を背景に、先生は後に癌患者の精神面を支えるためのNPOジャパン・ウェルネスを立ち上げられました。


現代日本の医療体制はいろいろな面で問題があります。

一番大切にされなければならない患者の命より

『医療界の村社会の利益が優先されている面』

も見え隠れしています。

『患者と言う弱い立場の人間』

に接する医師に求められるのは、医学の知識もさることながら

『人の心の痛み』

が分かる感受性以外のなにものでもありません。

真剣に自分の事を思ってくれているのかそうじゃないのかで患者の心身に及ぼす影響は全く違います。

医師の言うことがポジティブであるに事にこしたことは有りません。

しかし、仮にネガティブな診断でもその医師が本当に自分の事を分かってくれているという安心感が有れば、患者としては現実を受け入れやすいのです。

患者にとって一番辛く孤独に苛まれるのは、

『医師が自分の事に関して無関心』

だと感じる時でしょう。


現在医療に携わっている人間や将来医療に携わる人間に対しては、

『貴方達の一言一句で』

患者の容態は良いほうにも悪い方に向かうということを強く心に留めて貰いたいと思います。


良い事を伝えるにしても悪い事を伝えるにしても、患者が一番求めている事は、

『自分を診てくれている医師が本当に自分の事を分かってくれている上で言っているかどうか』

という事なのです。

都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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癌で逝った二人の医師の言葉 への2件のフィードバック

  1. 瀬長 紀望未 のコメント:
    私は、ホスピスで働く看護師です。
    それなりに、死生観を持ち、常に患者の立場になって、患者の気持ちに寄り添うケアを、心がけてきました。

    しかし、先生方の言葉ひとつひとつが衝撃的でした…

    死を目前にした患者さまが、
    私もう死ぬって皆思っているんでしょう?
    私は絶対に死なない‼私は生きてみせる‼と叫びながら、数時間後に息を引き取られた患者さまの事が、今でも目に焼き付いています。

    彼女の残され時間が、予測できたにしても、最期の瞬間まで、生きる事を諦めたくなかった、彼女の身になって、気持ちに寄り添ってあげられなかった、浅はかな私がいました…

    体験してなくても、それに近づくべき、学びは、常に必要ですね…

    お辛い体験ではあったでしょうが、こうして形にして、伝える活動は、凄く貴重で素晴らしいですね…
    私達医療者の為にも…宜しくお願い致します‼

    これからの、ご活躍を、応援させて頂きます。
    o(^▽^)o
    • 都倉 亮 のコメント:
      コメント有り難うございました。

      年内にご返信申し上げていたつもりでしたがされておらず大変失礼申し上げました。

      ホスピスではいろいろな患者さんをご覧になっていらっしゃると思います。

      本当に貴方みたいな 『良心の看護婦さん』 がいらっしゃるかどうかで患者の心の安らぎ方が全く違います。

      私のブログでは度々大切なことは

      『・・・の権威がいる病院』、『ゴッドハンドがいる病院』

      では無く総合的な看護体制の整った病院であることを述べています。

      そして、そこに果たす看護婦さんの役割を強調しています。

      私のブログの健康のカテゴリーに医療関係のことは集中していますが、取り敢えず下記URLをご参照下さい。

      http://www.ryotokura.com/diary/%EF%BD%93%EF%BD%86%E6%98%A0%E7%94%BB%EF%BC%9F/

      ご返信が遅れ大変失礼致しました。

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