お師匠さん

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私の『書』のお師匠さんが今年の『日展』の書の部門で入選したので、12月4日に師匠の書を見に六本木の近代美術館まで行って来ました。

私の『書』の師匠は

『佐井麗雪』

と言う日本を代表する書道家で、日展の入選の常連者です。

本来は書道を一般の人たちに教えている先生達以外は指導をしないのですが、私はご主人と高校時代からの親友と言うことと、私の今年になってからの度重なる

『門下生にしてして頂きたい』

という熱意が伝わり、特別に弟子にして頂けたのです(笑)

私は絵が好きなので日展は過去に『洋画部門』は何度か見に行ったことが有りましたが、『書』の部門は今回が初めてでした。

師匠の作品を前に係りの女性にいろいろ質問をしました。

係りの女性と言っても芸術大学の学生のバイトが多くかなりの知識はあるのですが、私の『好奇心溢れる質問(笑)』に答えきれずに

『今審査員の先生を呼んで参ります』

と言って今年の審査員の先生の一人の大学教授の方を呼んできてくれました。

審査員の大学教授も普段はお出ましの機会が少ないのか(?)私の質問に対して懇切丁寧にいろいろ教えてくださり、私も俄かに書道の表面的な知識が豊富になりました。

先生が約30分間に亘り解説してくださった『書』の歴史、『字体』、『取り上げるテーマ』などに付きましては、文章にしますと膨大な量になるので省略しますが(笑)、『書』の部門は応募点数が他の部門に比べて桁違いに多いので、入選すること自体が大変なことで、しかも入選の常連となるとこれは

『奇蹟』

に等しいとのことです。


この様な凄い方に敢えて弟子入りを願い出たのには実は理由があるのです。


振り返ること30余年前、私が三井物産時代にベネズエラの世界最大規模の製油所建設のプロジェクトの担当者として働いていた時の話です。

プラント輸出の仕事に携わっていた私は、数千億円規模の仕事は別に驚くような規模ではありませんでしたが、このプロジェクトは第三期工事まで入れると二兆円を超えると言われた空前のプロジェクトでした。

そのプロジェクトの担当者として契約の締結段階から実際のプロジェクトの建設に関与出来ることに商社マンとしての最大のロマンを感じ、当時社内選考で合格していた、米国大学院への2年間の留学を断り、ベネズエラのプラント現場に行かせて貰いました。

その時、私に米国大学院の方を優先するように勧めてくれた上司に、私は生意気にも

『MBAはいつでも行けますが、このプロジェクトは今しかありません』

と、今思うと冷や汗が出るようなセリフを伝えベネズエラに赴任しました。

そのプロジェクトは三井物産を頂点に世界のプラント建設に携わる多くの企業連合で推進するという、一つの現場にいながらに世界中の一流企業の人間たちと交流を保てるという、私にとっては夢の様なプロジェクトでした。

毎日仕事が終わったら各国の企業を代表して来ている人たちと会食をして、週末はゴルフで交流を深めました。

過日ブログで、私は大学時代ゴルフ部で純粋にゴルフをスポーツとして追求したので、三井物産に入ってからのいわゆる仕事柄みの接待したり、されたりするゴルフは殆どお断りしていた事を書きました。

しかし、プロジェクトの現場では純粋に仕事仲間とプレーができたので、平日でもレッスン希望の人たちには日が暮れるまでの数ホールだけのレッスンなども行い、週末はレベルの方は別として、世界各国の代表選手が集まった国際トーナメントをほぼ毎週行っていました。

このときほど私の人生でゴルフが役立ったことは有りませんでした。

一応大学時代にハンディキャップ0のレベルに達していましたので、長年ゴルフをやっているにも関わらず、間違った練習方法、考え方でゴルフをやっていて上達しないゴルフ好きの各企業の幹部、社員の人たちにワンポイントレッスンをしました。

すると見違えるように上達していき、そのお陰で随分仕事上でも良い仲間が増えました(笑)

因みに、私は学生ゴルファーと言っても、学生ゴルファーとしては非常に遅く始めた部類で、一日に千発の球を二年間打ち続け、その間皆さん方が打つ全てのミスショットを私自身が体験して、大学三年の時にハンディキャップ0になりました。

ですから、素人の悩みはタイガー・ウッズに聞いても『ウッズ自身が経験したことがなく答えようのないような悩み』でも全て分かります(笑)

それ故、素人に対するアドバイスはとてもしやすいのです。殆どが、かつて私自身が通ってきた道だからです。

因みに、私はゴルフに関しては

『五体満足シングル論』

を唱えています。

身体が不自由でないかたは、誰でもシングルになれますので、上達しないで悩んでいる多くのウィークエンドゴルファーの方々は自信を持ってください。

但し、今ゴルフに関するお問い合わせのお便りを頂きましても、レッスンする余裕は有りませんので(笑)

さて、話が脱線しましたが、私がベネズエラから祖母に得意満面になって現地の状況に関して手紙を出したときの話です。

二週間ぐらいしてから、祖母より手紙と小包が届きました。

手紙には

『亮ちゃん。あなたがベネズエラで国家を代表するような仕事を、欧米各国の会社とともに進めている様子はとても頼もしく思います。中略。 しかし、貴方の字を見るとあなたが幾ら優秀であっても人がついてきません。私の遺言だと思って同封のペン習字の教本に沿って字の練習をしてください』

と。

小包を開けると厚さ五センチぐらいのペン習字の教本が入っていました。

私の場合、14歳になるまで日本の学校には小学校低学年に通っただけなので、高校受験の時は書き取りに一番時間を割いたといっても過言ではありません。

漢字の読み書きは得意なのですが、習字というものは一度もやったことがなかったのです。

まあ、祖母にそこまでの思いをさせたのならと、ベネズエラに滞在した二年間は真面目に勉強して、自分なりには大分上達したつもりですが、帰国してからは忙しさにかまけて段ボール箱の中にずっと眠っていました。

今年になって30年ぶりに整理していたところ、段ボール箱の中から懐かしの教本が出てきたのです。

時同じくして、私宛に大病を患っている方やご家族からの相談の連絡が入るようになりました。

今もそうですが、十件に一つぐらいはメールではなく手紙です。

手紙にメルアドが書いてある場合は、メールで返信するようにしていますが、書いていない場合は手紙で返信しています。

直筆で返信すると『内容はともかく』わたしの手紙自体の信憑性を疑われるといけないと思い、タイプして送っていました。

しかし、手書きの手紙に対しては手書きで送り返したいと思い、30年前に練習した教本も出てきたので、それに沿ってペン習字の練習をするとともに毎日、朝日新聞の『天声人語』の写し書きを行い、定期的にお師匠さんの添削を受けることにしました。

お師匠さんには

『筋が良い。数年継続すれば日展入選も夢ではない』

とおだてられ、その気になって毎朝励んでいましたが、癌の転移が見つかり残念ながらその後休止せざるを得なくなりました。

私の親友の『お師匠さんのご主人の字』は、以前の私と同じ様な

『幼い字』

で、ペン習字を再開するまでは親しみを覚えていたのですが、ある程度上達してからは、ちょっと上から目線で

『君の字はいつまでたっても幼いね』

などとからかうことを楽しみにしていました(笑)

年が明けたらペン習字を再開し、一日も早く手書きのお便りに対しては手書きで返信致しますので、今しばらくお待ち下さい。








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都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
カテゴリー: 芸術 タグ: パーマリンク

お師匠さん への4件のフィードバック

  1. 三又明美 のコメント:
    こんばんは(*^^*)
    Facebookではいつもありがとうございます!今回はこちらでコメントさせてください。私も書道しており(今、お休み中)
    師匠の師匠が奈良の今井凌雪先生です…書いているうちに集中し、書くほどに書けなくなり、満足いく作品なんて僅かなものですが。。好きなんです。。
    「お師匠さん」いい響きですね♪

    そのうち 、都倉さんの作品もアップしてくださいね(^-^)/
    お願いいたします!
    • 都倉 亮 のコメント:
      三又さん、

      コメント有り難うございます^^

      へー三又さんと私は書道仲間ですね(笑)

      私の作品は日展に入選したら披露させて頂きます(^^)
      • 三又明美 のコメント:
        都倉さん(*^^)v

        日展見に行きますね(笑)
        色々感動すること、もの、言葉など
        大切にしていきたいです!!

        返信ありがとうございましたm(__)m

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