有り得ない

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今回の癌の転移で、当初左腕神経叢(そう)に乗っているだけだと思われていた癌が、手術をしてみたら実際には腕神経叢に一部くいこんでいて、癌に侵食された腕神経を二本切断せざるを得ませんでした。

医師は安全をみて更に広範囲で腕神経を取り除きたかった様ですが、そうすると私の左腕の機能が完全に失われます。

それゆえ、切断する神経は二本に止め、癌が触れていた箇所に向けた放射線治療と化学療法が施されたのです。

しかし、二本の神経の切断だけでも激痛は相当のもので、最初は左腕の重みを肩が受け止めることが出来ず、右腕で左腕を支えていなければならないほどでした。

更に主治医には残念ながら、左腕が肩より上にあげることは一生ないといわれました。

主治医の学んだ医学の知識及び経験則の範囲の中ではその通りなのでしょう。

しかし、私には34歳の時に患ったくも膜下出血からの回復過程で医師が

『有り得ない』、『信じられない』

と言い続けた驚異的な回復の体験や、2008年に患った癌の治療過程で、医師が断言したことを次々に覆してきた事例が幾つもありました。

因みに、私がくも膜下出血を34歳の時に患ったときに、病院側の判断は『助かる見込みは殆どなく、助かったとしても重い後遺症が残る可能性が高く通常の生活を営めることはない』というものでした。

詳細に関しましては、一月一日発行の月刊誌『』の二月号に掲載されていますので、お読み頂ければ幸いです。

本日の写真は掲載をためらいましたが、皆さんに真実を知って頂きたいと思い、恥ずかしながら掲載しました(笑)

写真はくも膜下出血の手術をしてから2年後の36歳の時の私の身体です。

退院後リハビリから開始しました。

その内に軽いウェートトレーニングと有酸素運動を取り入れました。しかし、ウェイトトレーニングといっても左右にウェートのプレートを付けない20キロのバーだけをあげるのがようやっとでした。

徐々に強度を上げ、写真の頃はベンチプレスで100キロ、フルマラソンを3時間10分で完走できるまでになっていました。

大学病院の脳神経外科部長の所見は、助かる見込みも殆どなく、助かったとしても重い後遺症が残る可能性が高いので手術を断念するというものだったのです。

手術後の私の驚異的な回復ぶりに、医師たちの言葉は

『有り得ない』、『信じられない』

の連続でした。

助かる確率は殆どなく、助かったとしても重篤な後遺症が残り寝たままの生活が続く可能性が大きいと言う診断の下、手術を断念しようとしていた患者だったのですから無理もないのでしょう。

冒頭に述べました通り今回の癌の転移の手術は、腕神経を二本切断せざるを得なかったため、主治医には左手は肩より上にあがることはないと言われました。

しかし、入院中からリハビリを重ねました。

そのリハビリは病院の医師の指導によるものではなく、私の身体のメインテナンスを25年間に亘りしてくれているカイロプラクティックの施術師の指導によるものです。

手術後毎日私にメールをしてくれ、身体の緩め方他を指導してくれていたのです。

今回の感染発熱のために入院中、週一度の主治医の医局部長の定期診察日の時に医局の医師が集まっている前で左腕を挙手して、まだ完全に真っ直ぐにはあがりませんが、10時の方向まであげてみせました。

その時の医局の医師たちの言葉も異口同音に

『有り得ない』、『信じられない』

というものでした。

また、手術後は神経を切断したことによる肩、背中、左上腕の末梢神経の痛みが強く、三種類の鎮痛剤を多量に服用していました。

冷えたり鎮痛剤が切れたときの痛みは相当なものでした。

12月6日からの11日間の入院は、手術後の傷口から細菌感染を起こし40度の熱が出てたための緊急入院で、初日は緊急病棟で一晩点滴治療を受けました。

一晩で熱は下がりましたが、体内の炎症反応が高かったことと更なる感染を防ぐために、一般病棟に移り更なる点滴を始めとする治療を受けました。

医師たちはとても慎重となり、私が早く退院をさせて欲しいと促しましたが結果的に11日間入院するはめになったのです。

当院は、簡単な手術であれば二泊三日の短期入院を基本方針にしていますが、その『真逆』の長期滞在でした。

その間不思議なことが起こりました。

あれだけ激痛をもたらしていた痛みが高熱が出た翌日から軽減しだしたのです。

鎮痛剤はかなりの量が処方されていましたので、医師に高熱が出た日を境に痛みが軽減したので鎮痛剤を減らして欲しいと依頼しました。

痛みが苦痛にならなくなり始めたのは、丁度主治医の部長が学会の出席のために不在にした日からでした。

しかし、医局の医師たちは異口同音に

『有り得ない』、『医学的な根拠がない』

と鎮痛剤を減らすことに難色を示しました。

私は

『有り得ないと言っても実際痛みが軽減しているので鎮痛剤の量を減らして欲しい』

と鎮痛剤を減らして貰いましたが、医師たちは段階的に減らすことを希望して、最初に減らした量はほんの少量にすぎませんでした。

毎日その日の診察担当医に同様の依頼をして薬を徐々に減らしました。

主治医が学会から戻った日に、高熱が出た日を境にそれまで悩まされていた痛みが軽減したことを話しました。

すると主治医は

『医学的にはこれといった根拠がなく、その理由を説明することは出来ませんが、なにか我々の知らない神経伝達物質が作用したのでしょうかね?』

と初めて目の前の現実を認め、鎮痛剤も必要最小限度の量に減らすことに同意しました。

『有り得ない』

34歳の時にくも膜下出血を患ってから今日に至るまで、2008年と2011年に二回の癌の三大治療を受けました。

更に今回の細菌感染による入院の過程で何回聞いたでしょうか?

この

『有りり得ない』

という言葉を。

医師を含む自然科学者にとって最も必要なことは、己の学んだ知識や経験則の中で全ての判断を下そうとすることなく、

『目の前の現実』

を畏怖の念を持って謙虚に受け入れ、新たなる探求精神を持つこと以外にないと信じます。

これは一般人にも言えることですが、医師は特に人命と言う最も崇高なものを取り扱っているのです。

日々私のもとに届く相談メールでも、限られた知識と経験則の中で下される医師の診断が

『福音にもなれば死刑宣告』

になっていることが良く分かります。

医師の皆さんにはこの事実を厳粛に受け止めて頂きたいのと共に、希望を失っている患者の皆さんには

『皆さんの余命を決めるのは医師ではなく、医師の言葉はあくまでもその医師の知識と経験則の中からの言葉』

として捉え、最後まで希望を持ち続けて貰いたいと思います。

そして、仮に皆さんに『死刑宣告』をしたような医師がいたなら、その医師に

『有り得ない』

と言わせてあげて下さい。



















都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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有り得ない への4件のフィードバック

  1. 穴澤 百合子 のコメント:
    都倉さんの強い生命力を感じました。

    そして・・・これからも何度も医師に「あり得ない!」「信じられない!」と絶句させちゃってくださいね(^。^)y-.。o○

    人の身体は一人一人違います。医師は過去の症例と検査データを信じます・・・それは正しい事だと思います。だけど、それプラス目のまえの患者さんを良く見て、患者さんの話を良く聞いて欲しいと思います。

    「信じられない!」「あり得ない!」と言う医師達・・・

    今まで出逢わなかっただけなのに・・知らなかっただけなのに・・
    教えられた症例や、数値で現わされるデータだけで診断して投薬するよりも、もっと患者の声に耳を傾けて欲しいですね。
    • 都倉 亮 のコメント:
      返信もれ失礼致しました。

      医師の言葉はあくまでも、その医師の

      『知識と経験則の中の言葉』

      として捉え、絶対的なものとして捉えるべきではありません。

      断じて医師の言葉に左右されてはならないことを日々頂くご相談メールの返信で力説しております。
  2. Tomoko のコメント:
    都倉さん

    こんにちは。
    先日メールさせていただいた高田です。
    「有り得ない」本当にその言葉を信じたいと思います。

    実は先週仕事中に、精神疾患(ピック病)の患者さまが極度の興奮状態になりすさまじい勢いで暴れ始め、他の患者様に暴力を振るいそうになったため制止しようとした時に、左腕を掴まれ捻じりあげるように思い切り引っ張られ…左腕神経叢損傷となりました。

    一瞬の出来事でしたが、自分の腕が人体構造的に有り得ない方向に向いていたのが今も脳裏に焼き付いています。

    今は左腕全体が麻痺状態で、肩から指先まで知覚鈍麻があり、自分の意志では全く動かせない状態です。
    左肩に異物がぶら下がっている、そんな感じで、都倉さんと同様に猛烈な痛みを鎮痛剤でしのいでいます。

    主治医からは1か月ほど経過観察をして、その後、神経の移植と筋肉の再建手術の必要性があると…。
    そして、その手術をしてもどの程度まで神経と筋力が回復できるか確約はできないと…。

    その説明を受けた時に思ったこと「自分の身にそんなことが起こるなんて…有り得ない」。
    受傷から2~3日は相当落ち込みました。
    でも過去に余命宣告を受けてもそれを覆し、今に至る自分の体の力を信じてみようと思えるようになりました。

    どこまで回復できるかは未知数で、もしかしたら主治医のいうような結果が待っているかもしれませんが。
    そのことはその時が来てから考えます(笑)

    それにしても体が思うように動かないというのは本当に不便で、もどかしさとの戦い…忍耐の一言に尽きますね。
    そして、こうなってみて、患者さまの肉体的・精神的苦労や苦痛を改めて身を以て知ることができた気がします。
    「命さえあれば何事も経験!」
    いつかこの経験が私の人生や仕事で活かされる日が来ることを信じています。

    そして…主治医に「有り得ない」と言わせるミラクルをおこしてみたいと思います(笑)

    長々と乱文乱筆 失礼いたしました。

    最後になりましたが、いよいよ冬本番の寒さになってきましたね。
    インフルエンザやノロウイルス…と、見えない敵が猛威をふるう季節です。
    お体を大切になさってお過ごしください。

    高田 智子
    • 都倉 亮 のコメント:
      私が入院していた時も夜中に看護婦さんの

      『止めて下さい』

      という叫び声と物が壊れる音が聞こえ、それから5分ぐらい後に守衛が到着した様子が分かったことがあります。

      私は丁度抗癌剤の点滴を受けていた時でしたので助けに行けず翌日看護婦さんに様子を聞いたところ、けが人は出なかったそうですが、患者は固定ベルトでベッドに固定したそうです。

      仕事中の事故、これは労災です。病院側はしっかり対応してくれていると思いますが一ヵ月後の様子をまたお知らせ下さい。

      私も手術後は左腕の重さを左肩が受けることが出来ず、右手で左腕を支えなければどうしようもない状態で、肩、背中、上腕の末梢神経に激痛が走っていました。

      どうかお大事になさって下さい。

      一刻も早いご回復をお祈り申し上げて降ります。

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