帰宅なう

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このご挨拶は本当は昨日のお昼に出したかったのですが、末っ子のシンバとのツーショットが夕方まで撮れませんでしたので一日遅れのご挨拶になりました。

昨日退院しました。

帰宅は昨日の昼前だったのですが、シンバが行方不明でツーショットが撮れなかった為投稿が一日遅れました(笑)

長男のウィンは帰ってきて早々出迎えてくれたので、ジャケットも脱がないうちに挨拶を交わし、長女のジョイは私のほうからお願いしてツーショットを撮らして貰いましたが、チビのシンバは幾ら探しても呼んでも見当たりませんでした。

数時間後に眠気眼で出てきましたが、今度は私が用があり、ツーショットを撮れたのは遅くなってからでした。

呑気に不在にしている娘のベッドの下で夕方までずっと寝ていたのです。

12月6日にPET-CTの精密検査を受け過日行った癌の化学療法と放射線治療の効果があったかどうかを調べました。

しかし、検査の途中に熱が出て検査が終わった段階で40度近くの熱があったため、急遽治療を受けた病院に直行しました。

発熱の原因は手術の後に放射線治療を受けたため、手術痕内部の肉がなかなかくっつかず、そこに溜まったリンパ液を排出させるために直径一ミリのチューブを挿入してリンパ液を染み出させていましたが、そのチューブから細菌感染したという所見でした。

一晩救急病棟で点滴治療を受け、翌日から一般病棟に移りましたが、熱は一晩で下がり容態も2-3日で落ち着きました。

しかし身体の中の炎症反応を示す数値が標準値より高かったため、主治医が更なる感染を避けるために慎重になり入院が延びたのです。

退院は今週の中ごろから医師には要請していたのですが、主治医の医局部長が今週学会のため昨日まで関西に出張していました。

医局のほかの医師は医局部長の最終判断を待ちたいと言うことで、結果的に金曜日の夕方二人で話して本日の退院の運びとなりました。

私の入院していた病院は簡単な手術なら二泊三日で退院させると言う早期退院を促す病院ですが、今回の手術痕の細菌感染による発熱に関しては、主治医も同じ失敗を二度と繰り返さないようにと、必要以上に慎重で11日間の入院となりました。

病院の基本方針の『間逆を行く』入院生活でした(笑)

入院中にPET-CTの検査結果も出て、左鎖骨上リンパ切に転移した癌は手術に引継ぎ実施された化学療法と放射線治療が功を奏し、完全に消失したという結果報告を受けました。

2008年8月に中咽頭癌が左首リンパ節に転移したレベル4の進行癌が発見され、9月から12月の間に化学療法と放射線の併用治療、手術と癌の三大治療を全て受けました。

昨年12月末で二年間の転移再発の最大リスク期間を乗り越え、もはや転移は無いと主治医とともに喜んでいましたが、今年の9月に左鎖骨上リンパ節に転移した癌が派遣され、今度は順番が逆でしたが手術に引き続き化学療法と放射線治療の癌の三大治療を再び受けました。

化け物の様な敵は一旦撃破したと思っても、より強力な姿に変身して戦いを挑んできたのです。

しかし、今回も再び撃破しました。

前回の癌との闘病でトコトン苦しみどん底まで落ちてそこから這い上がることが出来ていなかったら、今回の転移は受け入れられなかったと思います。

前回の癌との闘いは確実に私を癌を恐れぬ戦士に変身させてくれたのです。

今回の戦いは比較的 明鏡止水 の心境で臨めました。

一旦退院した後の 細菌感染による発熱 はおまけでした(笑)

しかし、それも含めて私の人生には貴重な体験でした。

いろいろご心配をおかけしました。

取り急ぎご報告のみ申し上げます。


都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
カテゴリー: 日記 タグ: パーマリンク

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