あるおばあさんとの出会い

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そのおばあさんとの出会いは突然且つ私にとってはショッキングな出会いでした。

私の入院している病院では、各フロアに浴場が二つあり、一人が30分利用できるように予約制になっています。各位自分の予定に合わせて入浴時間を風呂場の前のホワイトボードに書き込み、その時間がきたら入浴する仕組みになっています。

私は入浴できない治療を受けているとき以外は、その日一番時間に余裕がある時間帯に予約するようにしています。朝の早い時間に書き込まないと夕方までぎっしり埋まってしまうので、朝の6時に適当な時間帯30分を押さえておきます。
私の場合、前回入院していた時は化学療法と放射線の併用治療の前に手術をして、癌に浸食されていた腕神経叢(そう)の神経を二本切断していましたので、肩、背中、上腕の痛みが半端ではなく暫くの間三種類の鎮静剤を服用していました。

当時は激痛が続いていた状態でしたが、風呂で温めると多少痛みが和らぐのです。風呂で肩まで浸かりたかったのですが、左鎖骨上を手術しているためお湯にその部分を浸からせることは出来ず、半身浴をして間接的に身体全体を暖め痛みを和らげていました。

すると、ある日脱衣場になにか人の気配を感じたと思ったら、ガラガラっとドアを開けておばあさんが入ってきました。私が慌てて

「あの、お風呂は予約制でご希望の時間を外のボードに書き込むことになっているんですが」

と説明すると

「そんなの分かってるけど、予約が一杯で入れないじゃない」

「はあ。でもこの時間帯は私が予約した時間帯で」

「そんなこと気にしないでゆっくり浸かっていなさい。私は流し場で洗っているから」

と、全く出る様子はありません。ここで勝負ありですよね(笑)

「おばあさん。私丁度出ようと思っていたのでどうぞお風呂にお入り下さい」

と言って風呂を出ると

「そうかい。悪いね。折角だからそうさせて貰うよ」

という事で私の入浴時間は20分余して10分で終了し、身体を洗うこともシャンプーをすることもできませんでした(笑)

しかし、脱衣所に出ても不思議と爽快な気分に包まれていました。

そして、あのお婆さんなら絶対にストレス性の病気になることは無いだろうなと思いました。

そして、入ってきた風呂場は基本的に私と同じ南病棟の患者が使用する風呂場なのでそのお婆さんがどういう病気で入院しているのかとても関心を持ちました。

二、三日後、私が談話室でパソコン作業をしているとそのお婆さんが側に座ったので作業を中断して

『どうも、この間お風呂でお目にかかった都倉です』

と自己紹介すると

『ああ、あの時の人ね』

と、私が貴重な憩いのひと時をお譲りしたことは全く覚えていらっしゃらない様子でした(笑)

『おばあさんはところでどちらがお悪いんですか?』

と聞くと、

『知らないよ』

という返事でした。

『??????』

返す言葉に迷っていたら

『あたしゃ先生に痛い思いだけさせないでと頼んでいるんだよ。あとはお任せ』

と。

『ご家族の方たちは何ておっしゃっているのですか?』

と辛うじて質問すると

『家族なんていないよ。もうずっと一人暮らしだったから』

という事でした。

この最後の言葉を聞いたことで、何となくこのお婆さんの世界の一端が理解できるような気がしました。

私に多くのお便りを下さる方々は、本人はもとよりご家族の方々がとても多いのです。そして当事者からのお便りの場合はご家族のこと、ご家族からのお便りの場合は患者のことに触れられていて、一つの大病が本当に家族全体に大きな暗い影を落としている様子が窺えるケースが殆どです。

お婆さんに三回目にお目にかかったのは、私が談話室で朝5時前にラジオ体操をしていた時でした。今は日の出が遅そく談話室の電気も6時からしか点かないので基本的に暗闇の中で窓の外を見ながらラジオ体操を行っているのです。

ラジオ体操が終わるとふと暗闇の中に人影を感じ、一瞬ドキッとしました。しかし、目を凝らしてよく見ると例のお婆さんがうつむいて談話室の隅の椅子に座っているではないですか。

私が近寄って行って

『おばあさん。どうかしましたか?』

と声を掛けたのがお婆さんの人生を知ることになったきっかけでした。

『ああ、お兄さんか。何でもねえよ』

『でも、お辛そうですよ。看護婦を呼んできましょうか?』

『いらねえよ。昨日医者の奴に病気のこと話されてさ。それで・・・・』

『差支えなかったら伺いましょうか?』

おばあさんは少し間をおいてから

『ほら、わたしゃずっと一人暮らしだろ?』

『はあ?は、はい』

『ほら、亭主亡くして女手一つで育ててきた息子も中小企業に勤務していて忙しいだろ?』

『いや、あのー、はい』

『ほら、わたしも年金暮らしでお金に余裕がないだろ?』

『えーー、そうですか』

というようなおばさんの説明を聞き続けましたが、要約すると

ご主人を亡くしてから小さな会社で経理、総務の仕事をしながら一人息子を育て、息子は高校を卒業して会社勤務をしてずっと同居していたが、40歳過ぎてから好きな女性が出来、現在は別々に住んでいて、自分からは迷惑を掛けたくないから今回の入院のことは知らせていないという事でした。しかし、昨日主治医から『癌』ということを聞いて途方に暮れていたのです。

このお婆さんは70台半ばでしたが、それまで一度も大きな病気をしたことなく『癌』などという病気はよその人のかかる病気だと思っていたという事でした。しかし、主治医に癌であることを知らされ手術をしないと手遅れになると言われ死刑を宣告された心境だという事でした。

『癌』イコール『死刑宣告』という考え方を持っている患者さんは特に珍しく無く、私に相談メールを下さる方々にも少なからずそういう方がいます。

私はお婆さんの話を聞いて、正に私にメール相談を下さる人達の一人が目の前にいる様な錯覚に陥りました。

お婆さんの話を55分ぐらい聞いたあとで最後の5分で次のように言いました。

その前に、私が一番知りたい質問をしてみました。

『おばあさん。いま診て貰っている先生のこと好きですか?信用できますか?』

お婆さんは

『ほら、年の頃はせがれと同じぐらいだろ?口下手だけど信用できる先生だよ』

それだけ聞けば十分でした。

おばあさんには

*先生のこと信用できるなら細かいことはどうでもいいから先生のアドバイスに従ったらいいと思うこと。

*息子さんには遠慮などしないで、病院に来てもらって一緒に主治医からどういう治療をするか聞くこと。

*そして治療を受けるに際しいろいろわけのわからない『同意書』類に署名捺印をもとめられるけど、内容は理解出来なくても主治医の言っていることが納得できるなら署名捺印しても構わないこと。

*そして、先生と治療方法を信じて治療に臨むこと。


を伝えました。

その時談話室の電気が点灯されお婆さんの顔がはっきり見えましたが、両目に涙を浮かべながら笑顔で

『お兄さん。ありがとうね。本当にありがとうね』

と。

私はラジオ体操が終わったら書きかけのブログの最終チェックをして投稿する予定でしたので部屋にパソコンを取りに行って談話室に戻ってくると、おばあさんは既にいませんでした。

慌てて出したブログは結構誤字脱字が多く、投稿してから訂正をいくつもする羽目になりました(笑)

翌日の日中談話室でパソコン作業をしていたら人が近づいてくる気配を感じ、目を上げると昨日のおばあさんと眼鏡をかけた中年の男性が私の方に歩いて来ていました。

そしてその男性から

『母がお世話になりました。さっき主治医の先生にお話を伺いました。治療内容も納得しましたし、これからは私も一緒に母の病気と闘って行きたいと思います。本当に有難うございました』

とお礼を言われました。

『とんでもございません。良かったですね。私こそお母様といろいろお話しできて良かったです』

と言いました。お風呂場の出来事にはさすがに触れませんでしたが(笑)

二人が談話室を出ていく姿を見ながら、とても心が満たされている自分を感じると共にふと聖書のマタイの福音書23・11が脳裏を横切りました。

『そこで、あなたがたのうちでいちばん偉い者は、仕える人でなければならない』

私はこの『偉い者』という個所は『幸せな者』と解釈しています。

私は、結果的におばあさんに『仕えることによって心が大きな幸せ』で満たされたのです。










都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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