すみません

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12月7日から突然前触れもなくブログを休止し、いろいろご心配をおかけしてすみませんでした。

いろいろな方々に中継基地になっていただき、必要最小限度の連絡をする努力は致しましたが、高熱のため12月6日の夜から緊急入院していました。

12月6日に、過日受けた転移した癌の化学療法と放射せん治療の効果の程を調べるため、PET-CT検査を検査専門のクリニックで受けました。

しかし、検査前から寒気に襲われだし検査終了時に熱を測ったら40度近い熱がありました。

そこで、そのクリニックから私の入院していた病院に電話をしてもらい、救急扱いで検査を受けることになりました。

運良く主治医に連絡が入っていて、主治医が私が到着したら急患の診察室に降りてきて直接診察をしてくれました。

私が検査専門のクリニックでペットCTの検査を受けたのは、下記理由からです。

*9月に転移が確認された約2.5センチの癌は、当初左鎖骨上のリンパ節への転移で、左腕神経叢(そう)の上に乗っているだけという所見でした。

*それ故、当初は約2.5センチの患部を取り除き、癌が接触していた腕神経叢の部分に対して外来で放射線治療を受けるために通院治療を行う予定でした。

*しかし、実際に手術をしてみると癌細胞は単に腕神経叢の上に乗っていただけではなく、腕神経叢に一部食い込んでいたため、癌細胞に浸食されていた腕神経を二本切断せざるを得ませんでした。

医師としては、更に安全をみて広範囲に腕神経を取り除きたかったようです。

しかし、そうすると私の左腕が完全に機能を失うため、切断せざるを得なかった二本の神経以外は生かし、その代わり癌が接触していた神経に対する治療として、化学療法と放射線の併用治療を三週間を一クールとして、間に治療中断期間一週間を設け、二クール受けることになりました。

手術痕は、表面はくっついているものの、内側の肉と肉が完全にくっついていなかっために、分泌されたリンパ液がそこに溜まって行く状態になっていたのです。

手術後に化学療法と放射線治療を受けた結果、放射線が投射された部分の内部の傷痕がくっつきにくくなっていたのです。

その空洞に溜まったリンパ液を抜くために、直径1ミリのチューブを入れて中のリンパ液を外に出すための処置が施されていたのですが、そこから細菌が入り感染した可能性が高いとの所見でした。

急遽救急病棟で入院して、一晩点滴治療を受けることになりました

翌朝、40度の熱が翌朝37度台後半に下がっただけで雲泥の差でしたが、まだ38度近くあり、細菌の感染がどこまで広がっているのか不明だったので、引き続き点滴治療が継続されました。

その結果、午前中に熱が37度まで下がり、一般病棟に移動しました。

自力で歩いて行こうとしたら、緊急病棟から移動する患者の規則として、車イスでの移動が義務付けられており、気まずい思いをしながら車イスで移動しました。

熱が40度あったときは、頭が朦朧として、そんなことは考える余裕など有りませんでしたが、いろいろな思考能力が出てきた証拠だと思いました。

しかし、体内の炎症の値を示す数値が高く、一般病棟に移った後も、最初はベッドとトイレの往復しか認めれない患者の扱いでした。

それ故、私が携帯電話を掛けられる場所に移動しようとすると、看護婦さんが慌てて飛んできて、医師の許可を取るから待っていて欲しいと頼まれました。

殆んどの看護婦さんと看護士の人並びに補助スタッフの人達とは顔見知りでしたので、慌てた顔を見るのは気の毒でした。

救急病棟には、様々な病状の患者が運び込まれるため、精密医療機器が所狭しと林立しているので、スマートフォンの電源を切っておかざるを得ませんでした。

どうしてもしておかねばならない連絡のみ電源を切る前に廊下に出てスマートフォンを操作しましたが、朦朧とした頭で操作をしたため、正しくメッセージが相手に届いているかどうか不安でした。

一般病棟に移って直ぐにスマートフォンの電源を入れたら100通を超えるメッセージが入っていました。

非常に返信に緊急を要すると見なされるメッセージも複数あり、そのなかでも優先順位をつけなければならない状況でした。

しかし、予定外の入院でしたので、パソコンはなく、全てをスマートフォンで処理しなければならず、私は相談メールの回答を最優先して、それ以外の連絡は、それぞれの分野の外部協力者の協力を得ながら処理していきました。

9月に癌の転移が確認されたときも、理由は伏せていましたが、ブログを休止しすることの通知はしてから入院しました。

それゆえ、昔から私のことを知ってくれている人間は、私が連絡もせずに音信不通になることはあり得ないという前提の下に、

『大丈夫だと思うが、連絡願う』

『強運の持ち主ゆえ、無事と信じる。連絡こう』

更には

『生きているかどうかイエス・ノーで連絡まつ』

などというメッセージもはいって。

最後のメッセージには

『死んでたらノーと答えられません』

と一行メッセージを送り返しました(笑)

昔からの知り合いは上記の様なやり取りで無事を知らせて済みましたが、一番気を使ったのが相談メールに対する回答でした。

スマートフォンは、便利ですがまだパソコンと比べると操作性が悪く、何回も読み直してから送信しましたが、時間がパソコンの三倍位かかりました。

主治医は、今回の発熱は傷の中に溜まるリンパ液を外に排出するために挿入していた直径一ミリのチューブから感染した可能性が高く、処置ミスをとても気にしていました。

私の場合、今回は先ず左鎖骨上リンパ節に転移した癌の廓清(取り除く)手術を受け、そのあと化学療法と放射線の併用治療を受けましたが、放射線治療の影響で表面は綺麗にくっついても内部の傷口のくっつきが悪く、その空洞に溜まるリンパ液を外に排出していかねば傷口がいつまでも塞がらないと言う状態でした。

それ故、医師団は必要以上に慎重になり私の体調の変化を日々見守り、昨日は日曜日でしたが主治医が私の傷口に従来の1ミリのチューブから10ミリのチューブを挿入するプチ手術を行い、リンパ液の排出を促進させ傷口のくっつきが早まる処置を施してくれました。

その結果、さらなる感染を防ぐために一週間程度の追加入院が必要となりました。

しかし、昨日家内にパソコンを持ってきて貰いましたので、それまでは日々の相談メールへの回答がスマートフォンでは3倍以上の時間がかかりブログを書くことに時間を費やせませんでしたが、本日より再開することが出来るようになりました。

更に、昨日主治医のもとに過日行ったPET-CTの検査結果が届いていて主治医より報告を受けました。

結果は一連の治療は成功し、今現在私の身体から癌細胞は消失していました。

私は、前回の闘病を経たことと手記を纏めた過程に於いて心の浄化が計れましたので、通常の患者が検査結果を待つ悶々とした心境には全く陥りませんでしたが、検査結果によっては今後の活動に大きな制約も出るため、今回の検査結果は自分自身としても最大限の喜びを感じています。

結果的に2008年と2011年の三年間で癌の三大治療を二回受ける結果となりました。

しかし、敵は一度撃破したと思ってもより強力な姿に返信して再度闘いを挑んできた化け物みたいな難敵です。二度に亘って撃破できたことはひとえに 天の意思 以外に何にも無いと思っています。

これからもいつ時戦いを挑まれるかは分かりませんが、私の心は明鏡止水の心境です。

来るものなら来てみろという気持ちで今後の活動を推進して参ります(笑)

今回の入院の際も本当にいろいろな方々にご心配、ご協力頂きましたことに対して心より御礼申し上げます。

先ずはご報告と御礼を申し上げます。










都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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すみません への6件のフィードバック

  1. 大間知 総一郎 のコメント:
    ブログが突然休止したので、心配していましたが、快方に向かっている様子で一安心
    しました。
  2. 菅原 浩二 のコメント:
    寒空が悪かったのか、牛タン・牡蠣が悪かったのか、非常に心配していました。
    風邪など曳かないよう、ご自愛ください。
    • 都倉 亮 のコメント:
      いやいや牛タン・牡蠣は最高でした。医師の見立てでは

      『人間にあたったのでは?』

      ということです。

      というと、考えられるのは・・・・・(笑)
  3. 穴澤 百合子 のコメント:
    大変な時に・・のん気なメッセージを送ってすみませんでした。
    都倉さんのお優しい人柄に感謝します。
    どうぞ一日も早く回復されてくださいね。

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