降誕祭に思いを馳せ

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昨日は昨年のクリスマスのミサ以来初めて私のホームチャーチのミサに参列してきました。

東京に住んでいたときに子供達が通った幼稚園が同じ敷地内にある教会ですが、現在は横浜に住んでいるのでクリスマスなどの特別なミサの時しか行っていませんでした。


昨日はそのあと学友の奥様が書道の部で日展に入選し、六本木の近代美術館に行く予定もあったので久し振りに行きました。

因みに、ホームチャーチとは自分の籍のある教会の意味です。

カトリックミサではミサ中に『平和の挨拶』と言って参列者同士が無言ですが微笑をたたえながら挨拶をするしきたりがあります。

癌との闘病中にようやく少しはまともなクリスチャンとして毎週日曜日の早朝のミサに参列するようになりました。

現在の教会では、平和の挨拶を交わす人たちも昔からの顔なじみの人はいませんが、ホームチャーチに行くと多くの方々が『顔見知り』です。

子供達が小さかった頃に比べるとそれなりの年齢を重ねていらっしゃいますが、多くの人達と懐かしい『平和の挨拶』を交わすことが出来ました。

また、クリスマスのミサなどの時のように信者じゃない人たちがファッション感覚で来るミサの後では、ごった返して交わせない様な会話もミサの後に交わすことが出来とても有意義でした。


さて、教会では、クリスマス(降誕祭)の4つ前の日曜日から、クリスマスを準備する期間に入ります。カトリックでは、この期間を『待降節』と呼んでいます。

クリスマスはキリストの誕生を思い起こす日として古代から祝われてきました。

しかし、聖書にはイエスがいつ生まれたかということは何も書いてありません。 12月25日がイエスの誕生の日とする最古の記録は、4世紀のローマの「殉教者帰天日表」に基づいたものなのです。

イエスの誕生の日に関しては諸説紛々としており、地方によって1月6日に祝っていたり、にロシア正教会は、今でも1月はじめにキリストの降誕を祝っているそうです。。

12月25日を降誕祭、詰まりイエスの生まれた日としてに祝うようになったかに付いては次の説が有力であるといわれています。

昔むかしローマ帝国内では、太陽崇拝が広く行われていました。 ローマ暦では12月25日が冬至で、この日を太陽誕生の祝日として祝っていたそうです。

教会はこの祭日を取り入れ、『正義の太陽』であるキリストの誕生の日として祝うようにしたという説です。詰まり、うがった見方をすればローマ帝国内のご都合主義で決まった訳です。

これは何も降誕祭のみならず、現在の新約聖書のマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つの福音に関しても、数多くの福音の中からこの四つが選ばれたのはローマ帝国が人民を統治するために一番都合が良かったからなどという説もあります。

私などインチキ・クリスチャンからすると、ダン・ブラウンの『ダビンチ・コード』や『天使と悪魔』などのキリストやキリスト教に対するアプローチも一つの見方であっても良いと思いますが、敬虔なクリスチャンからすると『歯牙にもかけない』邪道な茶番との意見です(笑)

私には正直に言ってイエス・キリストが神の子であるか否かという議論も含めて、イエスの誕生の日が本当はいつだとか、4つの福音がローマ帝国のご都合主義で編集されたかどうかに付いての議論を戦わせる気持ちは全くありません。

私は古代から人間は不思議な出来事に対する自分なりの解釈をするために、いろいろな窓を通して解釈してきたのだと思っています。

宗教という窓を通して見た場合、それは『神の存在』となり、科学という窓で見た場合は『宇宙の法則』などという解釈となり、哲学と言う窓で見た場合は『未知なる力』等々様々な窓を通じて超自然現象なり奇跡的な現象を正当化してきたと思います。

しかし、自然科学者も哲学者も最終的にたどり着くところは宗教と言う多くの事実に鑑み、人類にとって

『神の存在』

というものはとても大きなものだと思います。

私にとって何よりも大切なことは、2000年以上前にイエス・キリストと言う一人の偉大な方が

『平和と博愛の教えを説いてその教えが現代社会でも通用する真理である』

ということです。

本日のミサの司祭はフランス人の神父様で子供達が小さい頃から存じ上げていた神父様でしたが、ミサのお説教の中で

『目覚めること、心に響くこと、心を動かすこと、心を揺さぶること』

に関するとても心の琴線に触れるお話がありました。

そして、一番怖いことは

『人の心が閉ざされること』

と、正に私が闘病生活で感じ続けた事を仰り、それだけにとても心に染み入りました。

私も待降節に思いを馳せ、イエス・キリストの教えに従い

『時代の挑戦を受け入れて、未来に向けて改善すべくメッセージを出し続ける勇気』

を持ち続けたいと思います。







都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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