自浄能力の無い村社会

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私が今年の一月に纏め上げた手記は、私の幼少時代から2008年8月に発見された中咽頭癌が左首リンパ節に転移しレベル4の進行癌との闘いまでのことを時代を追って纏めました。

各章に於いて、それぞれの時代に起こった出来事、私が体験したことをありのまま正直に綴りましたが、全編を通して私が幼少の頃から現在に医たるまで常に感じ続けていた日本社会に付いて問題を提起したつもりです。

それは繰り返しブログでも書いています日本の村社会的な体質のことです。

私が言う 村社会 とは

全体の利益を重視するより、自分の所属している団体の利益を重視する考え方及び言動のことです。

私の手記の癌との闘病部分が月刊誌 いきいき に掲載されて以来、それまで多くて一日20通程度だった、全国の癌及び大病を患い希望を失っている方々及びご家族の方々からのお便りが一日約100通程度頂くようになりました。

更に、私の闘病記以外の様々なテーマに付いての考えもフェースブックにも掲載させましたところ、フェースブック利用者の方々からも数多くのコメントを頂くようになり、病気以外の様々な問題についていろいろな議論のやり取りがなされるようになりました。

私は、天が私に度重なる生死の境を彷徨いつつも新たな命を与えて下さったのは、私の体験談を幅広く世の中に伝える為だと思っています。

無論、私の体験談及び考えが大病を始めとする様々な理由によって希望を失っている方々の支えになることに役立つならばこの上なく幸いですが、同様に日本が現在陥っている閉塞感からの脱却と本当の意味で世界市民の一員となることに少しでも役立てればと思っています。

日本の村社会的な体質は、日本のあらゆる社会に蔓延しています。たまたま、昨日のブログに書いた国賓として来日したブータン国王夫妻の宮中晩餐会を現役の閣僚が欠席し、同僚議員の資金集めパーティーに出席したことに対しては、多くの方々が同閣僚のとった言動に付いては遺憾の意を示していましたが、この村社会の問題は別にこの閣僚の問題だけではなく、ここ数週間の間だけでもいろいろ村社会の問題点が表面化する出来事がありました。

一つはバブル時代から引きずる含み損の穴埋めによる粉飾決算を行い続け、それが英国人元社長の告発で始めて表面化し、その粉飾決算を20年間続けていた中心人物が前会長兼社長、副社長他経営幹部だったとされている件も村社会の自浄能力の無さを露呈したもの以外のなにものでもないと思います。

また、私は同族会社でも株式を上場していればもはやその会社は株主及び社員(私の経営哲学は社員最優先でしたが)の利益を最優先しなければならず、会社はもはや公のもであり同族の支配下にあってはならないと考えています。

しかし、ある会社の創業者一族の元会長が100億円を超える資金を本社並びに関連会社から融資を受け、その資金のほぼ全額を海外のカジノで散財していた件に至っては、問題が表面化してからは会社が元会長を告訴したことを決めた様ですが、この件に関しても自己の会社生命を懸けた良心のある内部告発が有るまでは 表面化することは無かったわけです。

残念ながら日本のあらゆる社会に蔓延しているこの 村社会的な体質は 一朝一夕には改まることは有り得ませんが、我々の世代で少なくとも自浄能力を高めて行ける社会に近づけるようにしたいと願っています。

現代日本社会の医療体制は 個別医療では世界有数の水準だと信じますが、総合医療と言う観点では医療先進国に比べて数十年の遅れをとっていると言われています。

その最大の理由はやはり日本医療界の中における村社会的な考え方にあると思います。

私は運良く主治医に恵まれ、その主治医の下で二回に亘る癌の三大治療を受ける結果となりました。

しかし、病院全体で見ると病院全体の利益よりも自分の属している医局の利益を重視している医局も少なからずありました。同一の患者の治療を行うのに複数の医局の医師同士は一度も打ち合わせたことが無く、共有されているのはパソコンに打ち込まれているデータベースだけという実態も何度と無く見てきました。

医療の世界は人命が懸かっているだけに特に村社会的な考え方からの脱却が一般社会にも増して必要不可欠です。

医療関係者の中にもこのままではいけないという良心を持った人間達がいることは確かです。しかし、村社会の中で自分の立場を考えると村八分にならない言動をとることが圧倒的多数です。

無論、一国の命運を握っている政治の世界の村社会からの脱却なくして日本の再生はありえませんが、私は、先ずは自分の体験を踏まえ、そして良心的な考え方を持った医療関係者の意見の代弁者としても、一人の患者の代表として日本の医療界の体質改善に微力を尽くして参りたいと思います。




都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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