村社会の常識?

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日本を国賓として訪れ、日を追うごとに日本各地で国民より好感度の高さでご注目を集めたブータン国王と王妃は、昨日帰国されたことをニュースで知りましたが、ご夫妻が来日されてからの数々の言動は入院中もテレビニュースで知り、現在の我々日本人が忘れている何か大切なものに気付かせて下さったものではなかったかと思います。


中でも、国会で日本国民に向けた日本人向けのメッセージで述べられた3月11日の東日本大震災への追悼と、復興を目指す日本国民への祈りの言葉は感動的なものでした。

ブータン王国は国土面積が九州ぐらいで人口も70万人と、経済面では日本及び経済先進国に比べれば小国ですが、国民総幸福量という 本来国というものは金銭的・物質的豊かさを目指すのではなく、精神的な豊かさ、つまり幸福を目指すべきだとする考え を国策として重視していることは日本でも近年話題になりました。

他方、やはりテレビニュースでブータン国王ご夫妻を両陛下がお招きになった宮中晩餐会を現役閣僚が欠席し、その代わりに仲間議員の政治資金集めのパーティーに参加したいう報道に接したことにも驚きました。

更に、挨拶の席上「こちらのほうが大事だから宮中はサボってこちらに駆けつけた」と挨拶したということが事実としたら、空いた口が塞がりません。

その発言に関しては直接聴いたわけでは無いので言及を避けますが、宮中晩餐会を欠席して仲間議員の政治資金集めのパーティーに参加した事実だけでも、私には 全体の利益を最重要視するよりも自分の属する集団の利益を重視する 日本の村社会的な考え方に基づいた行動以外のなにものでもない良識を欠いた行動だったと思います。

私は父が外交官だったこともあり、比較的幼少の頃に 国賓 とは何を意味するかということを父より教わりました。

「パパ、国賓扱いってなに?」

という私の質問に

「亮。国賓はその国の一番偉い人などが日本を訪問するときに日本が国として一番大切な人としておもてなしすることで、同じ人がまた日本に来ても、国賓としておもてなしするのは一回だけの大切なおもとてなしなんだよ」

と子供心に、お互いの国にとって国賓として訪問しあうことがとてとても大きなことということが心に刻まれました。

国賓とは海外要人に対する外交慣例上における接遇上の最高の扱いで、日本の場合は大体10年に一度ぐらいの頻度で、特定の国の元首や要人の訪問の場合のみに行われる接遇上の様式です。

つまり、幾ら国家元首でも来日の頻度が増えたり国家元首がその期間に代われば、「国賓扱いの待遇」とか「公式訪問」などと接遇上の扱いが変わり、あくまでも国賓としての扱いとは異なるわけです。

そのくらい日本が国として最高のおもてなしを持ってお迎えしたのが今回のブータン国王ご夫妻だったわけです。

その後のニュースでその現役閣僚は党から厳重注意を受けたと言う事ですが、私は、大切なのはその場限りの厳重注意云々の問題ではなく、この問題の根の深さは当該閣僚は全く事の重要さを認識することなく通常の日本の社会に蔓延している村社会の考え方に基づき行動したにすぎないことにあると思います。

現役の閣僚ならば国の利益を最重要視して日々の仕事に邁進することが最も必要であることは当然のことでしょう。 しかし、当該閣僚には今の自分の立場では、国賓を内閣の一員としてお迎えすることが日本として最重要事項だという認識が全く無く、自分のの資金集めの方が重要視すべき仕事と疑うことも無かったのでしょう。

今回のこの閣僚の行動に対しては、恐らく多くの日本人が同様に疑問を覚えたと思いますが、全体の利益を最重要視するよりも自分達の属している集団の利益を重視する この村社会的な考え方及びそれに基づく言動は、別に政界だけの問題ではなく日本のあらゆる社会に深く根付いているのです。

この村社会的な考え方に基づく 同じ類のものだけで戯れ、異質なものを受け入れられない社会を変えない限り、日本が現在陥っている閉塞感から脱却することも本当の意味で世界市民の一員として迎え入れられることも難しいと考えます。

今回の国王ご夫妻のご訪問をメディアが報道した時間が総理大臣のことを報道した時間より一週間で二時間以上も長かったと言います。

日本人の心の中には物質文明万能主義ではなく、日本人が長い年月をかけて育んできた精神的な豊かさを求める気持ちが残っている数字だと信じたいです。









都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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村社会の常識? への3件のフィードバック

  1. ヤシの木 のコメント:
    宮中晩餐会を欠席して政治資金パーティーに行くなんて考えられませんね。
    村社会からの脱却は相当根深く、私自身も意識し注意していこうと思いました。
  2. 鈴木凛太郎 のコメント:
    1)小生は日本で生まれ育ったのですが、青年期の読書、交友、諸活動遍歴からradical democratとして自己形成し、それを譲らず社会で生きてきました。国際ビジネス現場では経済合理性が貫徹されるので物事はハッキリしていましたが、職場はさすがに日本の会社ですからどうしても「ムラ社会」的なところがあり、仕事そのものよりも、こちらとの軋轢に傷つくこと数しれず、病を得たこともあります。少しも後悔はしていませんが。
    2)昨年亡父より相続した茨城県の田舎の広大な土地・屋敷を補修・維持するため月に一度一週間から十日ほど滞在しますが、ここは「ムラ」そのものです。しかし多くの親戚がおり、寺や墓もありますから、長男たる私には三代目の当主としての勤めがあり、「ムラ」との共存が要求され、従って「しきたり」を尊重しています。ましてや宗家は市長や県会議員をだし、隣の市の視聴は従兄弟ですからなおさらです。ただ、高校生の頃まで春夏の休みには祖父母と田舎で暮らしたのであまり違和感はあっりません。

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