ある村社会での出来事

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私が現在出版に向けて纏めている手記及び日々配信しているブログは、私の過去の生死の境を彷徨った体験から現在大病などで希望を見失っている人たちやご家族に対するアドバイスも主たるテーマの一つですが、手記全編を通して訴求したい内容は、私が現在日本社会に閉塞感をもたらせている主たる原因と考える 日本の村社会的な考え及びそれに基づく行動 からの脱皮です。

日本が現在陥っている閉塞感を打開し真の意味で世界市民の一員となるためには、日本のあらゆるレベルに蔓延しているこの村社会的な考え方及びそれに基づく行動を無くしていく必要があると確信しています。

さて、数日前から日本のスポーツ分野で影響力を持つある有力な村社会で興味ある出来事が起こり、新聞紙面を賑わしていました。

その村は長年あるスポーツ界の発展に貢献し、現在の名誉村長はその村の実力者として長年力を発揮し、村長を辞めた後も名誉村長として実質的な最高実力者として君臨しているのです。

事の起こりは、村の活性化を図るために現役の村の代表が決定した人事を、名誉村長が一旦は了承したにも拘らず、自分の一存で別の人事に変えてしまい、新たなる改革推進責任者を世間に発表したことでした。

ことを複雑にするのは、普通は村の代表は村長ですが、この村には上記村の代表とは別に村長がいるのです。そして、肩書上はこの村の代表は村長代行という肩書も持ち合わせているのです。

そして、今度はその村の本当の村長が発言し、

「名誉村長の判断は100パーセント正しい」

と発表したのです。

何だか頭が混乱しそうなので整理して言うと、名誉村長と村長の意見は一致して、村の代表兼村長代行の意見が異なるという構図です。

名誉村長、村長、村の代表兼村長代行の権限、責任分担がどうなっているのか知りませんが、村の代表兼村長代行がわざわざ記者会見をして泣きながら名誉村長の不当な決断を世間に訴えるという事件でした。

最近は総理候補の政治家であろうがある村を代表する立派な大人だろうが、公の場所で平気で号泣するという場面が珍しくありませんが、男は人前で涙を見せないというような教えは私の世代でも受けたものですが、いずれの場合でも本来その職務の責任を果たせる人間であるなら公の場で男泣きするような問題なのでしょうか?

更に、奇々怪々なのはこの名誉村長が村の代表兼村長代行が決めた人事を覆して発表した改革責任者の人間が

「自分はそんな話は聞いたこともなく、仮に要請されても受ける気は毛頭ない」

と発言していることです。

事実は小説よりも奇なり

とは昔よく使われた比喩ですが

日本の村社会の内部事情を現わした一つの典型的な出来事ではないでしょうか?

村の代表兼村長代行は、裁判に訴えることもいとわないと発言しているようですが、仮に裁判になってその結果がどうあれ村の中では、村の代表兼村長代行は

村八分

になることは間違いないでしょうね。

日本では政治の世界でも経済界でも、トップを引退した人間がその後でも影の実質的な実力者として君臨するパターンが先進国の中で群を抜いていると思います。

アメリカ合衆国大統領などは引退したら即政界からも引退して民間人になるという姿と比べると、国民の目に見えない村社会の中で物事の意思決定が行われるケースが多すぎます。

戦後アメリカに押し付けられた民主主義を、国民がが本当の意味で理解する前に高度成長を謳歌して村社会の弊害を変えることなく現在に至ってしまったことは残念です。

しかし、今からでも全体の利益を優先することよりも自分の属している集団の利益を最重要視する 村社会的な考え方 を根底から覆さない限り、日本は本当の意味での市民が自分たちの力で勝ち取った民主主義国家と同等にはなりません。

今回の出来事もワイドショー的には面白い話なのかも知れませんが、自分の村には関係のない出来事として対岸の火事として眺めるのでなく、日本人一人一人が 村社会の弊害 に付き真剣に考え全体の利益を最重視する真の民主主義国家を目指すべきだと考えます。

都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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