主治医との関係

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過去のブログでもご紹介していますが、いきいきで私の闘病記が紹介されてからは、一日訳100通のメールを中心としたご連絡があり、質問はご自身の病気や悩みに関することが一番多いですが、下記に類する質問もとても多いです。


1.私の勧める医療機関(癌に関してが中心)。
2.マスコミで紹介されている医療機関の評判の真偽。
3.医者、特に主治医との関係。


無論、質問は多岐に亘りますが、上記を敢えて取り上げたのは皆様方のご参考にもなるのではないかと思い、選んでみました。

先ず、1.と2.に関しましては、定期的に週刊誌、月刊誌などで病気別ランキングなども含め取り上げ有れていますね。しかし、私がブログでたびたび話題にあげておりますが、病院の評価は一人その病気の分野の権威がいるとか、外科手術でゴッド・ハンドと言われる医者がいるので評価されるべきではなく、医師をサポートする看護スタッフその他総合的なもので決まるべきです。特に日本の大病院で一番欠落している医局間の連携ひいては病院の総合医療に対する取り組み方針が最重要事項です。

その為には、現在診察してくれている主治医との人間関係が 信頼のおける関係だと思われるなら そういう病院を紹介して貰えないか主治医に聞くことと、ご自身で判断するうえでも主治医の考えも十分に吟味して判断されることです。

本当に人間としての信頼関係のあるホームドクターもしくは主治医がいるかいないかは、長い目で見ると大きな差が生まれます。

どこそこの病院の外科医の腕の良さがどのくらいかなどということは、一般的には全く分かりませんし、世の中のある特定の外科医が行った方が成功率の高い難しい手術というものはあるでしょうが、その先生しか出来ない手術何ていうものはあり得ないと思います。
そして、入院中手に手術に勝るとも劣らぬ大切なことは、その入院期間中に他の医局も含めた看護スタッフのサポートに基づく総合医療がどの程度実施されるかにかかっています。

仮にカリスマ外科医と言われている先生に手術をして貰っても、その先生が術後の患者の痛みを始めとする様々な苦しみに細かく対応してくれるわけではないのです。

私は医療コンサルタントでも無く、一人の普通の人間が2008年8月に中咽頭癌が左首リンパ節に転移したレベル4の進行癌が発見されてから、この「得体のしれない化け物」の様な病気と闘って来ました。私がこの闘いの為に選んだ病院は、日本を代表すると言われる癌の専門病院でも雑誌で騒がれている病院でもなく、一つの地域の総合病院でした。

しかも、その病院は最初首に出来た腫れ物を近くのクリニックで診て貰い薬を処方してもらいましたが、その腫れ物が引かなかったためそのクリニックの先生が紹介状を書いてくれたため訪れた総合病院で、私自身が調べた病院でもなんでもないのです。

たまたまその受診指定日にその総合病院の耳鼻咽喉科の医局の前の待合室で待っていましたが、数人いる耳鼻咽喉科医の中でたまたま私が呼ばれた医者が現在の主治医です。

出会いはお世辞にもに良好な出会いだったとは言えません。

なぜなら、私が

「近くのクリニックでは左首の腫れは筋肉の内出血だが、ここの部分は耳鼻咽喉科の守備範囲だからという事で紹介状を頂き伺いました」

と言ったら、挨拶もろくに無しに怪訝そうな顔をして

「えっ?首の筋肉の内出血?ちょっと口を開けてみて下さい」

と言い、口と喉を覗き込ながら両首を触診して15秒後に言ったことは

「これは首の筋肉の内出血などではありません。非常に高い確率で中咽頭癌が左首リンパ節に転移したものです」

と言われました。

私は先生の言った言葉の中に 癌という言葉が含まれていた こと以外の意味は全く分かりませんでしたので

「せ、先生。今なんとか癌とか仰いました?」

「はい。原発巣が中咽頭でそれが左首リンパ節に転移したものである可能性が大です」

「中咽頭とか原発巣ってなんですか?」

「中咽頭とは分かりやすく言えば扁桃のことで原発巣とは癌が発症した場所のことです」

というような会話でした。

この「癌との闘い」という表題のブログは現在入院中の為に休んでおりますが、毎週水曜日の私のブログに連載しており、ブログのカテゴリーで執筆活動の欄で今までの連載分はご覧いただけます。

現在ではお互いの家族のことも良く話し合う間柄で、歳も私より一回りちょっと下なので、親しくなってから主治医には

「先生。あの癌の告知のやりかたはヤバいですよ。私も椅子からズレ落ちそうになりましたが、心臓などに欠陥を抱えている患者だとあの告知を聞いた瞬間心臓が止まって癌とは無関係の死因で死んでしまいますよ」

などと冷やかしました。

また、今回の癌の左鎖骨上のリンパ節への転移も、最大のリスク機関であった2年間を乗り切り、今年の正月も無事迎えることが出来たので、その後の転移のリスクは非常に少なくなったと考えていた矢先の転移だったので、私以上に主治医がショックを受け、今回の治療計画も本当に綿密に計画したうえで行ってくれました。

それでも、当初考えていたよりも癌が深く腕神経叢(そう)に食い込んで居たため、浸食されていた腕神経叢二本を切断し、医師としては更に大きく腕神経を取り除きたかったようですが、それでは私の左腕の機能が全く失われるので、癌が接触していた神経部分に化学療法と放射線療法を施すことになり、現在入院している次第です。

どんなに最新の精密機器で検査しても、手術で開けてみて初めて分かることもあるのが現実の世界なのです。

私と主治医との約束は、彼が引退したら一緒にロックバンドを結成することです。主治医は、趣味で今エレキのレッスンを受けているのです。

私は学生の頃バンドを組んでいたことがありましたので、先生が引退したら一緒にやろうと話しています。

但し、一つ条件を付けてあります。 

主治医の定年が後15,6年後ぐらいなので その時まで私を生かしておくこと という条件です(笑)

きっとロックバンド結成のために真剣にフォローアップしてくれるでしょう(笑)








都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
カテゴリー: 日記 タグ: パーマリンク

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