絶対に諦めないこと!

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今日のブログは主に私に日々お便りを下さる方々に向けて書かせて頂いております。

私に寄せられる一日100件を超す問い合わせの中には、どうして末期がんに近い状態で三か月のうちに癌の三大治療を全て受け、当初は二年以内に転移再発する可能性が80%以上で三回目の正月を迎えることは微妙という 宣告を受け、結果的に二年間は毎月の様に転移の疑いに悩まされながら正気を保っていられたのかという質問が少なからずあります。

先ず、その質問に対してお答えすれば

一言で言えば、最後の最後まで諦めなかったからです。それだけです。

私は2008年に中咽頭癌が左首リンパ節に転移したレベル4の進行癌が発見されるという経験以前に三井物産時代の34歳の時にくも幕下出血を患い、大学病院が断念した手術をして貰い、非常に高い確率で重い障害が残ると言われたのを克服しました。そして独立起業して20年目に癌という現在の医学の最大の敵の一つである病気にかかったのです。

日本人の自殺者は残念なことに10年以上年間30,000人を超えています。その最大の理由は病気を苦にした自殺で、その病気のトップスリーは癌、脳疾患、心臓病です。自殺者の年齢は50代、60代が一位と二位を占めています。

私は病気に関しては、自殺者の原因となっている病気のトップスリーのうち二つを経験し、年齢も正に上位一位、二位を占めている年代に入ります。

ですから、私にとっては日々頂く大病を中心とした原因で希望を失っている患者やご家族の方々からのお便りは他人事ではないのです。手に取るように希望を失っていくプロセスやその苦しみが分かるのです。

私も生と死を結ぶ最後の絆が切れかかり死というものがすぐ手の届くところに見え、家族に遺言状も書きました。しかし、心の底では切れかかった最後の絆を繋ぎとめておく 絶対に最後の最後まで諦めない という気持ちは失っていなかったと思います。

無論、家族を始めとする周りの人たちの支え無くしては最後の絆は切れていたでしょう。しかし、常にこれでだめだと思った時には逆に 天はまだ自分を必要としているはずだ と心の底で思うように心がけました。それを失ったときに自分の命は尽きるのだということが明確に分かっていたからです。

私が助かった理由は 最終的には天の意思によるものですが この最後まで諦めないという気持ちを私が失っていたら 天は私を生かしてくださったかどうかは分かりません。

ですから、私は必ず私に対するお便りお問い合わせに対しては、

医者が何を言おうがどんな状況に心身が陥ろうが最後まで諦めないで希望を持ち続けて欲しいと書きます。

これは、その後研究を重ねた 精神神経免疫学 でもある程度説明は付きますが、この場では誌面の制約上省略させて頂きます。


写真の商品グランビックは私の経営していた会社が開発して1997年1998年と連続してグッドデザイン賞を受賞した商品です。同一商品で二年連続グッドデザイン賞をとった唯一の商品です。

私の会社は北欧モダンカジュアル家具を、北欧のオリジナリティーとテーストを失うことなく日本のライフスタイルに合うようにデザイン、生産、輸入、販売を手掛ける会社で、その部門では日本のリーディングカンパニーの一社で2013年に株式上場をして私は引退する計画でいました。

写真のグランビックは単体では棚幅50cm、80cmの二種類があり、部屋の広さに応じて横連結が幾らでも出来ると言う商品です。年間30,000セット以上売れていた商品ですから、皆様の中にもお持ちの方はいらっしゃると思います。

当社は北欧のデザイナーと当社のデザイナーが上記コンセプトで商品をデザインして北欧を中心とするOEMメーカーで商品を生産しておりましたが、最初にグランビックのオリジナルデザインがスウェーデン人のデザイナーから出てきたとき、高さは2メートル強、棚幅は1メートル、棚数は5段で左右のフレームも直線的でデザイン的には無骨でした。しかも、壁にねじで固定するという仕様でした。

ヨーロッパの家庭は壁がコンクリートなので壁に商品を固定することができますが、日本の場合は石膏ボードの壁が多いため壁に固定する商品の販売はとても難しいのです。

しかし、私は当社のデザイナーに高さを180cm強、棚幅を50cmと80cmで4段、そして壁に立て掛けるだけで安定するデザインに変更して商品化しようと提案しました。

即座に当社のデザイン責任者から

『不可能です。日本は地震国です。それに当社のお客様は賃貸マンション暮らしのお客様が多く、壁を傷つけることが禁じられているケースが殆どです。地震国で壁に固定できない商品など商品化できるわけありません』

と言われました。当然です、もし私がデザインの勉強を本格的にしていたら同じ発想に立ったでしょう。

しかし私はひとこと

「それじゃ、倒れないデザインにすれば良いんだ。」

と言って開発を決定して試行錯誤を繰り返し商品化したのが写真の姿です。

その為には左右のフレームが命で、左右一ミリの誤差が出てもバランスが崩れてしまいます。そこで試行錯誤を重ねた結果何度も挫折しそうになりましたが、最終的にスウェーデンの名車ボルボのパーツを生産している会社に特別生産して貰った精密部品並みのフレームが出来あがりました。その他細部までこだわり何度も壁にぶつかりながら諦めずに開発を続け完成しました。

最初は取扱店でも疑心暗鬼でしたが、結果的に最盛期200店舗を超える販売店が当社の商品を取り扱っていましたが、グランビックを展示している店では全店グランビックが売り上げナンバーワンの時期が続きました。

当社がいち早くインターネットに進出して自社WEBサイトで本格的な商売を始める前に加入していた楽天市場やヤフーショッピングでも常時全体の家具部門の中でトップの売り上げを占めていました。

何故敢えてグランビックの開発の経緯をお話ししたかというと、くも膜下出血、癌からの回復とグランビックの開発には共通点があったからです。それは

絶対に諦めなかった

というキーワードでした。

今回も一番リスクの高かった二年間を無事に乗り切りもはや転移する確率は無いに等しいと言われた中で9月初旬に左鎖骨上の転移が見つかり、手術に引き継ぎ現在化学療法と放射線治療を現在受けています。

私がブログで癌の転移を告知してからは、9月に私の闘病記が掲載された 月刊誌いきいき をご覧になった読者やブログの購読者、フェースブックなどでやり取りしている人達からいろいろご心配頂いております。

しかし、過去の2回の大病を経て 私には 絶対に何が有っても諦めない という事が第二の本能として自分の中に形成出来たのだと思います。

今回の転移はショックじゃなかったかと言えば、大きなショックでした。

しかし、形を変えてより強くなって出現した現代医学で解明できていない化け物に対しても必ず打ち勝つつもりで最初から入院しました。過去の二回の体験が私を強くしてくれたのです。

敵は強敵ですが、強敵であればあるほど勝った時の喜びは大きいものです。諦めなければ勝機は必ずあります。予定通り来週末には退院して再来週からは通常の行動を開始したいと思っています(笑)

最後に皆様にもう一度申し上げておきます。

希望を持って絶対に諦めないという事が皆様を救うキーワードであり、その気持ちを失わない限り必ず勝機はあります。頑張ってください。

また、特に病気をしているわけじゃないけれどプレッシャーに弱い方法をどう克服すれば良いかというご質問も結構頂きます・

恐らくご質問頂いた多くの方々は、不安が徐々に恐怖に変わって最後には逃げ出したくなる衝動というプロセスを経ていくのだと思いますが、日常的なプレッシャーと死と隣り合わせにあるプレッシャーとは次元の違うものです。

死が隣り合わせにある場合でも不安が恐怖になり、逃げ出したい衝撃にかられた場合、それは生きていることから逃げ出したい衝撃になることがままあるからです。そして、それを実際に実行してしまう人の数字が上述の数字表されているのです。

日々のプレッシャーを克服していく唯一無二の方法は、逃げ出したくなる衝動に立ち向かい経験を重ねて行くことだけだと信じます。当然のことながら普通の人達は実感はないと思いますが、私の経験則から言いますと、死の隣り合わせのプレッシャーと比べると、過去に日常的に感じていた仕事などのプレッシャーはプレッシャーのうちに入らなかったと思います(笑)

日常的なプッレッシャーの殆どは、想像力の悪用以外怖いものなどありません。飛び込んで行って経験を重ねて強くなって行って下さい。




都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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絶対に諦めないこと! への2件のフィードバック

  1. 武居由視 のコメント:
    私はやはり身体と心の健康について、日常の生活の中に活かしていこうと、やってきました。最近はご存知かと思いますが、岡本 裕医学博士の本にはまっています。
    どうぞ、お体大切になさって下さい。

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