癌の転移

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月刊誌 いきいき で紹介されてから大病で苦しんでいる方やそのご家族から多くのお便りを頂きました。

病気が癌の場合はその多くは大別すると

*癌の告知を受け 死の宣告 を受けた様で絶望感を味わっている。
*転移再発が見つかったがどういう心構えが必要か?
*どういう治療を受けたらよいか?
*受けた治療、医師、医療機関に対する疑問点?
*予後をどうすれば良いか?

という風になります。

今までブログで書いて来ませんでしたが、実は私は8月末の経過観察で癌の転移が見つかり現在入院中なのです。

2008年に中咽頭癌が左首リンパ節に転移したステージ4の癌が発見され、癌の三大治療を受け、二年間は転移再発の確立が80%以上、3回目の正月を迎えることは微妙と言われた中、無事今年の正月を迎え私も医師団も安心していた矢先の転移の発見だったので、私も医師団も青天の霹靂でショックを受けました。

転移先は左鎖骨上のリンパ節で、当初は手術で廓清(取り除く)して後は外来治療と主治医も考えていたのです。しかし、癌が腕神経叢(そう)まで食い込んでいたため、2本の腕神経を切断しました。更に本来は癌が触れていた他の神経も廓清した方が手術としては安全であったのですが、そうすると左腕機能が完全に失われてしまうので、その部分を化学療法と放射線治療を行うということで10月6日から再入院したのです。

治療は三週間1クールを中一週間の中断期間を設け2クール行います。現在第一クールの三週目で一応明日で第一クールが終了します。

化学療法と放射線の併用治療は辛い治療で、化学療法は経口の抗癌剤を二週間飲み、その間点滴で抗癌剤を体内に注入するという療法で、白血球、血小板の数値の低下や極度の貧血などが大きな副作用としてあり、小さいものを入れると様々な副作用が出てきます。

一方放射線治療は、癌細胞を放射線で消滅させることが目的ですが、周辺の良い細胞にもダメージを与えるので癌細胞の周辺が火傷状態になり場所によっては激痛に耐えられず、治療を断念する人もいます。

今回の転移はちょうど いきいきが 全国配布された週に発見されました。いきいき の取材を受けた時は正に元気はつらつしており、記事の内容も2年半の癌との闘病生活を克服したという記事でしたので、同様の病もしくは他の大病で苦しんでいる方々のお便りに対して、即座に事実を申し上げられなかったことをこのブログでお詫びします。

しかし、私がこの間メールなどでアドバイスしてきたことは2008年に癌の発症が分かってから昨年の夏には死がすぐ手の届くところに見え、生と死の間を最後の今にもきれそうな細い絆で、辛うじて結ばれていた状態から健康を回復したことを包み隠さず書いてまいりましたので、「都倉も出来たんだから自分も出来る」と信じて下さい。

私は決してみなさんが いきいき を読まれて思われた様な強い人間ではなく、皆様と同じかそれ以上に希望を失っていた一人の弱い人間に過ぎませんでした。

しかし、癌との闘いが私のことを強くしてくれました。そういう意味では癌になったことに感謝しているぐらいです。

連載していた「癌との闘い」も一時中断しておりましたが近々再開します。今回のことも将来加えもっと充実したものになるかも知れません(笑)

私も来週から始まる第二クールの化学療法と放射線の併用治療を残していますが、必ず勝利して元気で11月の後半には退院します。

敵はなかなか手強い難敵で一筋縄には生きませんが、強敵の方が勝った時の勝利の喜びが大きいと思います(笑)

同じ病気で闘っている皆さん! キーワードはいかなる場合でも希望を持ち続けることです。 自分が回復した後のイメージを描ければ脳からエンドルフィンも分泌され免疫力も高まります。大いなる前向きな姿勢と笑顔を忘れないでください。

そして昔から心が挫けそうになった時に、心の励みにしていた孟子の言葉を皆さんと共有したいと思います。

『天が重大な任務をある人に与えようとする時には、必ず先ずその人の精神を苦しめ、その筋骨を疲れさせ、その肉体を飢え苦しませ、その行動を失敗させ、行おうとする意図と食い違うようにさせるものだ。これは天がその人の心を発奮させ、性格を辛抱強くさせ、出来なかったことを出来るようにさせるための試練である』



都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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癌の転移 への4件のフィードバック

  1.  依田 勝征 のコメント:
    Venezuelaの Maraven Projectで一緒に 働いていた 依田です。
    10月の物産機械部門OB会に出席の折 亮ちゃんの話を聞き驚きました。
    貴方のことは決して忘れることはありません。
    今回の治療が終了し、体調が良くなれば一度お会いしたいと思いますが。
    連絡先等教えてください。

    〒275-0011習志野市大久保1-7-22
    依田 勝征
    自宅 TEL&FAX:047-475-9946
    • 都倉 亮 のコメント:
      セニョール ジョダ、

      コメント有り難うございました。

      依田さんとはベネズアラで数々の思い出がありますね。私の物産時代の唯一の海外赴任時代の思い出は共有出来たのは幸でした。

      当時の妹尾さん、田中さん(ワッツミーンズのMT)、鏡さんなどとはその後の時々お目に掛かっていましたが、依田さんの話題にはしょっちゅうなっていましたよ。べネズエラ時代はお互いに若かったですが、For the companyを合言葉に青春をぶつけましたね。

      先月出た雑誌 いきいき の記事に触れてあった私の手記は私の半生のことが記載されていますが、まだ出版されていないので、お時間のございます時に私のブログを読んで頂ければ近況を含めいろいろ分かって頂けると思います。

      現在2008年に患った癌の左鎖骨上リンパ節への転移が完全にクリアしたと思っていた今年の9月に発見され22日に手術を行いました。しかし癌が思ったより深く食い込んでおり、浸食されていた腕神経叢(そう)の二本の神経は切断せざるをえませんでした。更に安全を見て大きな範囲で手術をすると、完全に左腕が使えなくなるので癌が触れいた他の神経は残し、引き続き入院して化学療法と放射線治療を行うことになりました。一クール三週間の2クールの治療のため現在再入院中ですが、これも天命、私が今後新たなる使命を持って世の中に仕えるための為の神の試練だと思っています。

      今週から化学療法と放射線治療の第二クールに入りますが、スマートフォンでも見れる一番確実なメルアドは下記の通りです。

      ryotokura0518@gmail.com

      京子さんと二人のご子息はお元気ですか?よろしくお伝え下さい。

      病院は電話できる場所が限られておりますので、私の入院を知らない人たちから一日数十件電話がありますが、殆ど取れない状態です。

      取り急ぎご連絡頂きました御礼と要用のみ申し上げます。」
  2. 大間知 総一郎 のコメント:
    久し振りにメールをしました。貴君が再入院したとの事で気掛かりでしたが、まだ治療継続中
    の様子、癌はなかなか無罪放免で解放してくれないものですね。私も来年は60歳、友人から
    「お前の髪、染めてるんだろう?」と言われた頭髪もついに白いものが出始め、また局部的に
    養毛剤が必要になってきました。(笑)
    孟子の言葉は、かなり強烈で心に響く内容です。でもいかなる場合も希望を持ち続ける事は
    大事ですね。引き続き応援しています。
    • 都倉 亮 のコメント:
      久し振りのコメント有り難うございます。

      いきいき に掲載されてから一日100通を超えるメールを入手しています。

      いきいきの取材を受けた時は癌の転移が発見されるまでで、皮肉なことに いきいき が全国配布された週に転移が確認されたのです。

      それゆえ、ブログで転移の事実をカミングアウトするタイミングがとても難しかったのですが過日化学療法と放射線治療の第一クールが終了した段階でブログでお知らせしました。

      敵はなかなかの難敵で撃滅したと思っても形を変えより強力になって襲ってきます。しかし、この闘いにも必ず勝利し、貴兄たちの前に笑顔で現れますので応援していて下さい(笑)

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