ネグレクト

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DV(Domestic Violence=家庭内暴力)問題が社会的に取り上げられるようになって久しく、幼児虐待による重大な死亡事故などがあると児童家庭相談所や児童相談所の所長がニュースで全く気が付かなかったという発言が多く、これは私たちの時代には無かった小中学生のイジメによる自殺事件があると、必ず学校長や地域の教育委員会のお偉いさんが出てきて 「イジメと自殺の因果関係の調査中」 などという荒唐無稽な発言をくりかえしているのに酷似していると思います。

国会でも家庭内暴力問題に関しては議員同士がDV,DVと言い合っていますが、何故一言で分かる家庭内暴力という日本語を使わないであえてDomestic Violenceの略語のDVなどという英単語を使うのでしょうか?

国会議員の最大の仕事の一つは国民の理解を得るために国民に説明することですが、日本語にしてもいわば業界用語とでもいうのでしょうか、『粛々』『是是非非』など日常生活ではまず使用されなく若い世代では知らない人間のほうが多い言葉を多用していますよね。本来の目的とやっていることが言葉の使い方も含めて本末転倒していると思いませんか?

ここにきて、DVの幼児虐待の場合は身体にそれなりの虐待した痕が残っているケースが多く判明する場合があるが、ネグレクト(育児放棄)の場合は分かりづらく児童家庭相談所や児童相談所でも見つけることが難しいとある児童相談所の所長が話していました。しかし、この場合結果的に子供が餓死したわけですが、よく観察していれば餓死する前に子供が普段より体重が減っていたとか分からないものでしょうか? 一体何を見て何を判断しているのか、そこら辺を見分けるのがプロの仕事じゃないのでしょうか?

因みにネグレクト(Neglect)とは英語で無視すること、ないがしろにすることが一番一般的な意味で、確かに育児放棄という意味もありますが、何故日本でわざわざ育児放棄問題のことをネグレクト問題などと置き換えて言う必要があるのでしょうか?

NHKのニュースで

「次のニュースはネグレクト問題についてです」

とアナウンサーが言ったとき、私は一瞬意味が分かりませんでした。恐らく大半の方が同様に分からなかったのではないでしょうか?

育児放棄の問題は家庭内暴力と比べて外部に分かりにくいということは確かでしょうが、統計的に育児放棄に走る母親は妊娠時にある程度の傾向が分かるとの発表もされています。詰まり、ことが起きてから児童家庭相談所や児童相談所が苦し紛れの弁明をするのではなく、子供が生まれる前から産婦人科などと密な連絡を取り合える仕組みづくりをする必要があるのではないでしょうか?

それにもまして、先ずは問題の重大性を理解するためにも日本国民の大半が理解できる 育児放棄 ということばで報道して貰いたいと思います。

以前のブログでも日本語に無い言葉を外国語で代用するならいざ知らず、日本語で言った方が分かりやすいのに敢えて外来語を使いたがる日本の政治家を始めとする日本人の傾向について触れましたが、言葉は子供でもお年寄りでもなるべく皆が分かる言葉を使ってもらいたいですね。

目的は視聴者ひいては国民が理解することなのではないのでしょうか?

都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
カテゴリー: 教育問題 タグ: パーマリンク

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