プレゼンテーションの重要性

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昨今日本では何事でもプレゼン、プレゼンとプレゼンテーションの重要性が声だかに謳われていますが、一般的には、要は自己の意思表明を対外的に行うことに使われているケースが殆どでしょう。詰まり、一言で言えば自分の言いたいことを相手に伝えることです。

しかし、本来の目的は自分の言いたいことを言う自己満足ではなく、プレゼンを行っている相手側にその意図を理解してもらうことのはずです。ある目的を相手側に理解させてその目的を推進させて行くためには、そのプレゼンを聞いている対象者が十分にその意図を理解して賛同して初めて物事が共通の理解の下で推進されるからです。

実際はどうでしょう?

例えば政治家の最大の仕事は、国民に政策を理解して貰い民意の支持を受けて政策を進めることであるべきですが、多くの政治家は一般的に日常生活で使われない言葉を敢えて多用して、本当に政治に素人の一般国民の理解を得ようと思っていないのではないかと思われることがしばしばあります。

私は、幼少の頃から海外生活が長かったため、英語と、ドイツ語はほぼ日本語と同レベルで解することが出来ますが欧米の政治家が使用している言葉は、話している対象者が理解できる言葉を慎重に選び、本来の目的である聞き手の心に残るプレゼン、スピーチを行うことに注力されていると思います。

だからこそ、聞き手の心の琴線に触れる多くの名プレゼンテーション、スピーチが生まれるのではないかと思います。

別に、政治家だけの問題ではなく、広義に言うプレゼン、スピーチを含めた会話の最大の目的は相手に理解して貰うことで、そういう意味で先日世界中で惜しまれながら他界したアップル社のスティーブ・ジョブスのプレゼンンやスピーチなどは難しい言葉は殆ど使用することなく、とてもシンプルかつ聞き手の心に直接染み入る表現を多用する素晴らしいものだと思います。

日本人の社会は、かつてのある政治家の代名詞であった 言語明瞭意味不明 なことが多すぎると思います。

この言語明瞭意味不明が 生と死の境を彷徨っている患者と医師の間で交わされると 事態はことさら深刻です。

この点に関しましては、後日具体例を挙げてお話したいと思います。


都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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