癌との闘い-6(一週間の治療の中休み)

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放射線治療は、1クール目の三週間の放射線治療が終了し、2クール目に入るまで一週間の中断期間が設けられています。

余りにも身体に強い影響を与える治療なので、連続して行うことは出来ない治療だと事前に説明を受けていました。

放射線治療は聞きしに勝る体力を消耗する治療で、当初は中断期間を利用して自宅に戻って会社に行くつもりでしたが、体力が極端に落ち込んでおりそれどころではなく、体力を回復するために病院で出来るだけ安静にするように主治医より指示を受けました。

しかし、その治療中断期間を利用して社員に病院に来て貰い、談話室で数時間に亘り報告を受けたりいろいろな指示を与えたりしていました。

患者仲間には、 

『まるで会社で会議しているみたいですね』

と言われましたが、放射線治療の影響で声が出にくかったこともあり、筆談を交え打ち合わせを行わざるをえず、必要以上に時間がかかりました。

しかし、週の後半になると打ち合わせ後の私の疲れが酷く、主治医からは 『一週間の治療中断期間は安静にして体力を回復させることが主目的なのだから、仕事の打ち合わせはもう少し短時間で済ませて欲しい』 との注意も受けました。

放射線治療の一週間の中断期間に、多少口の中から咽にかけてのやけどの状態が多少和らいだ感じでした。 しかし、2クール目が開始されると直ぐにもとの状態に戻りました。

放射線治療の後は氷の塊と冷却材で熱を取り、食事の時は痛み止めを服用した後に咽を麻痺させる薬でうがいをする生活が続きました。

また、第一クールの三週目に入る頃からだんだんしゃがれ声になってきて第一クールが終る頃には声が出にくくなってきました。

第二クールに入ってからは見舞いに来てくれる家族とも私は筆談でしか意思を伝える事しか出来なくなっていました。それゆえ、あと数回で放射線治療が終わるという時期には指折り放射線治療の残り回数を数えるような状況でした。

11月の中旬に二ヶ月間に亘る放射線/抗癌剤の併用治療が終りました。そして、検査の結果、   『中咽頭癌も左首リンパ節に転移した癌も消失した』 ということで無事退院の運びとなりました。

主治医にも

「都倉さん、良く頑張りましたね。この治療を行った患者さんの中で最後まで自力で食事をして、治療にも自力で行き通した患者は、以前元力士が一人いただけでした」

と褒められたほど過酷な治療でした。

しかし、中咽頭癌も左首リンパ節に転移した癌も無事消失したという事で、2か月間の入院期間を終了し、喜び勇んで11月の中旬に退院しました。

つづく

都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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癌との闘い-6(一週間の治療の中休み) への2件のフィードバック

  1. 杉浦 昌彦 のコメント:
    先日三井物産 福地から手記をメールでおくられて大変な闘病生活をおくられたのを知りました
    都倉君は覚えているかな 高校時代から会ってないから実は僕も2年半前 原発不明頚部リンパ節移転扁平上皮癌 になり 手術 抗がん化学療法 放射線治療 を2ヶ月間かけてやりました
    同じ状態だったので大変さが手に取るようにわかります 小森からはすこし体調が悪いとは聞いていたけれど大変でしたね 今度お会いして話でもしたいですね とりあえず他人事ではないのでメールしました 
    • 都倉 亮 のコメント:
      コメント有り難うございました。 杉浦さんも大変でしたね。

      今はお元気ですか?

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