癌との闘い-3(治療方法の決定)

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『何故自分が?』 という思いに駆られながらも、週末にインターネットで調べた範囲では私の癌の場合レベル4までしかなく、私は先生に単刀直入に

「ということは、私はもうだめと言うことですか?もしだめならはっきり言って下さい。私には経営している会社もあり、余命いくばくもない状態ならやっておかなければならないことが山ほどあります」

と執拗に迫りました。医師は

「それは何とも言えません。現在転移は左首のリンパ節で止まっており、そこから先の肺などへの転移は確認されていません。 さらにPET-CT検査で全身の転移の有無を検査しますが、転移が左首リンパ節までと仮定した場合、現在の段階で出来る事は2つです。 一つは手術で患部を取り除く事です。 この方法が一番癌を完全に取り除く事が出来ます。但し、貴方の場合は手術が広範囲に亘るので、最低身体機能の50%ぐらいは失う事と、お尻の筋肉などを傷跡に移植する手術なども必要となります。」

「もう一つの方法は、放射線と抗癌剤の併用治療です。手術ほど確実ではありませんが、当院の放射線と抗がん剤の併用治療は非常に治療成績が良く、仮にこの治療で癌が完全に消失しなくても、後に小さくなった癌を手術で取り除く事も検討可能です」

という説明でした。

『それは何とも言えません』 

ということは、私には遠まわしに

『助かりません』

と言われているように聞こえました。

しかし、私には選択肢などあろうはずがありません。 仮に助かったとしても、身体の50%の機能が失われる手術など受ければ、その後仕事を継続出来ることなど考えられませんでした。私は 『放射線と抗癌剤の併用治療』 をして貰えるよう依頼しました。

この段階では家内以外の誰も病気の事は知らせていませんでした。

娘と息子にはありのまま伝えるとして、一番悩んだのはどういう風に社員や取引先に知らせたら良いかということでした。入院まで一週間しか時間がなく、関係者に与える動揺を必要最小限度に抑える必要があったからです。

つづく

都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
カテゴリー: 癌との闘い タグ: パーマリンク

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