銀メダルの意義

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連日テレビで世界水泳を観て ワクワク しています。

その一方で、余りにも自分が行っている 泳ぎ とは異質なもので 戸惑い も覚えます(笑)

私は病気を患うまでは20年間、朝五時に起床してランニング、ウェートトレーニングをしてから出社するという生活続けていました。


もともと幼少の頃から運動は大好きで、大学を卒業するまでずっと運動部に所属して、運動は私にとっては生活の一部でした。

しかし、三井物産に入社してからは一転運動からは遠ざかり、喫煙、痛飲など身体に悪いことばかりやっていました・・・笑。

独立してからは 新規一転ライフスタイルを変え タバコは止め、お酒は付き合いのときだけ にして運動と栄養補給に人一倍気を遣った生活を続けていました。

私はどちらかというと陸上方人間で、長年のトレーニングにも水泳ではなくランニングを取り入れていました。

泳げた事は泳げたのですが、息子が小さい時に一緒にプールで泳いでいたら、 私のクロールを隣でビート板を抱えながらバタ足をしている息子が抜いていくのを水中で察知して ショック を受けたことがあります。

まあ、息子は小学校で水泳の記録を持っていたということがせめてもの慰めでしたが(笑)

そういうことも有り、水泳とは余り縁がないまま来ましたが、闘病後のリハビリでウェートトレーニングやランニングができない時期に 水泳を勧められ リハビリに取り入れました。

平泳ぎではゆっくりならそこそこ長距離も泳げるのですが、クロールだと100メートルを過ぎたあたりから身体が沈みがちになり、もがきながら息継ぎをするようになってしまうのです(笑)

インストラクターに バタ足の練習 と股に浮を挟んで 手のかきの練習 を個別に指導を受けてやり始めましたが、これがなかなか難しく、息子が小学校の低学年の頃ビート板を抱えてスイスイ進んで行ったバタ足で全く進まないのです。

インストラクター曰く

『都倉さんのバタ足は水中で足を蹴るときの推進力を足を戻すときにブレーキをかけて相殺しています』

と。 随分器用な事をしているのだと思いました(笑)

そして、陸上と水泳では使う筋肉が違うということで、具体的な幾つかの要領の指導を受けました。

継続こそ力なり

私の座右の銘ですが、水泳にも応用しました(笑)

一月ほどすると、あれほど進まなかったバタ足でもそこそこ進むようになり、水中での 手のかき もある程度意識できるようになりました。

そうすると面白くなり、今ではジムでウェイとトレーニングを行った後、1000メートルぐらいクールダウンで泳いでいます。

皆には もはやリハビリではなく ハードトレーニングの部類 と冷やかされていますが、昨年の今頃はベットから起き上がることもままならず死を覚悟していた人間からすると 夢の様な話です。

今回の世界水泳ではいろいろな感動的なドラマが生まれています。

目標を漠然と持つのではなく 明確にする事によって生じるエネルギーの大きさを 今回世界水泳は再確認させてくれました。

寺川綾選手が背泳ぎ100メートルの決勝で最後の最後でかわされ5位に終った時、涙ながらに

『もう少しでメダルに手が届くところだったので残念です。でも、まだ50メートルと200メートルが残っているので、この大会が終わるまで頑張ります。』

と言っていました。

そして50メートルの決勝で見事に銀メダルに輝いたときに、やはり涙ながらに

『今まで10年間メダルに縁が無かったので、本当は銀メダルで喜んでいてはいけないのですが、正直嬉しいです。』

と答えていました。

とても爽やかな笑顔と涙でした

素晴らしい 2位 だったと思います。

同様に平泳ぎ200メートルで銀メダルに終った北島康介選手が

『今回の結果で課題が見えた。この悔しさをバネに更に一段上を目指す!』

と言っていました。

更に背泳ぎで銀メダルを獲得した入江陵介選手も、来年のロンドンオリンピックでもっと良い色のメダルを目指すと言っていました。

三人とも 高い志 を抱いてそれに向かって切磋琢磨した結果の2位だったのです。

時の大臣が事業仕分けのときに言った

『2位では駄目なんですか?』

などと最初から思っていたら、絶対に達成出来なかった結果だと思います。








都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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銀メダルの意義 への2件のフィードバック

  1. 大間知 総一郎 のコメント:
    やはり貴君は凄いですね。私も体調を崩した時に、近隣の区民プールに通った事がありますが、
    50メートル泳ぐと一旦休憩しないと無理でした。子供の頃駒込に居たので、北島選手の本郷高校や東京S.C.も知っています。(東京S.C.は昔は何もない原っぱでした。)
    そういえば、慶應は塾生皆泳でしたね。体育の時間、水泳でランク付けする際に、Bランク判定
    だったのにAランクに潜り込み、水球の練習で深いプールで立ち泳ぎをしたり、ボールを投げる
    練習をして何と難しい球技かと驚いたのを思い出しました。
    • 都倉 亮 のコメント:
      この度リハビリに水泳を取り入れてから、運動選手がリハビリに水中ウォーキングや水泳を取り入れる意味が分かりました。

      水中は重力が地上の1/10程度なので身体にかかる負担がとても少ないのですよね。

      区民プールでウォーキングが出きるなら、ウォーキングだけでもやれば良いと思いますよ。

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