カタカナ用語

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カタカナは外来語、漢字文化圏の国を除く外国の人名・地名などの固有名詞を一目で区別出来る、音節文字として極めて優れた文字だと思います。

私は多くの外国人が会話を中心とした日本語の基礎を学ぶ過程でいろいろ苦労している姿を数多く見てきました。そういうときに私がアドバイスをするポイントは、先ず平仮名とカタカナの発音と読み書きを覚える事です。

平仮名とカタカナを徹底的に覚えれば、少なくとも音声で日本語は表現する事は出来ます。そして『橋と端』など同じ音声で意味の違う言葉は必要に応じて漢字を覚えるようにアドバイスしています。



この方法は結構効果があります。もしお知り合いの外国人の方が日本語の学習方法でつまずいていたら、是非ともこの方法を取り入れるようにアドバイスしてあげて下さい。

一方、日本人がカタカナ用語を使う場合はどうでしょう?

私は常日頃日本社会に氾濫しているカタカナ用語に関しては疑問を抱くケースが多いです。

一般社会でもそうですが、特に政治の世界でのカタカナ用語の氾濫には首を傾げます。

先ずは マニフェスト という用語。

語源はManifestoというイタリア語で、日本の場合政権公約、選挙公約という意味で使われているケースが殆どです。2003年頃から一般的に使われるようになったようです。

私は今までに選挙にも殆ど行っている10数人の人に日本語でマニフェストとは何という意味かと質問したことがあります。

政権公約、選挙公約と正確に日本語で答えた人は二人でした。

更に時の首相が唱えた

戦後レジームからの脱却

などは

戦後の政治体制からの脱却

と言えばすんなりと分かる事を、何故わざわざカタカナ用語を使って意味を分からなくしているのか全く理解できません。

政治家の大切な仕事の一つは、国民に自分の言葉を理解して貰うことだと思いますが、日本語でも『是々非々』、『粛々』など日常では余り使用されない用語を連発し、更には日本語で言えばすっきりする言葉を敢えてカタカナ用語を使うなど、本当に国民に真意を理解して貰いたいのかどうか理解に苦しむのは私だけでしょうか?

笑うに笑えないのが、やはり時の首相が尖閣諸島問題で日中関係に摩擦が生じたとき、中国の総書記との会談が実現するかどうかという事に関してスコミの厳しい追及を受けていたとき、

『バイの会談は分からない』

と普通に言い、テレビのニュースでも首相発言をそのまま解説なしで報道していました。

ここで言うバイとはバイラテラル(bilateral)、二国間のという意味で使用されていたのですが、この発言は日本に在住している外国人の間でちょっとした笑いの種になりました。

それは米俗語で単にバイと言うと

同性愛、異性愛とも大丈夫な人間

として使われるケースが多いからです。

当然の事ながら、時の首相はそんな事は露知らず使ったのでしょうが、どうしても日本語ではなくカタカナ用語を使いたかったのなら最低バイラテラルと言うべきでした。

言葉というものは、自分でしっかり理解した上で使うことが最重要なことです。更に、話している本人の自己満足ではなく、聞き手がその意味を正確に理解しなければ意味が無いと言うことも、もっと真剣に考え発言すべきです。

都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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