ユーモア

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日本社会では、欧米社会で重視されているユーモアと同じものは存在していないと思います。

ユーモアとは狭義では、冗談や駄洒落などとも共通する部分もありますが、欧米社会ではユーモアは真剣な話と同様に重視され、真剣な話をするための潤滑油として多様されます。

ユーモアのセンスが有るかどうかで、その人物の価値判断がなされる部分も日本社会の比では有りません。




私もドイツでアメリカスクールに通っていた時代定期的に授業で、ユーモアのある話を授業時間内でどれだけ考えられるか競わされたことがありました。

残念ながら、帰国してからはその様な授業は一度も有りませんでしたが、アメリカンスクールで学んだユーモアを理解する重要性は私の大きな財産になっています。


欧米社会では、緊張した遣り取りがなされている時に機転の利くユーモアを交える事により潤滑油的な役割を果たして、その場の雰囲気が和む事が良くあります。

一方、日本の場合は真面目な話をしているときに冗談を言うと顰蹙(ひんしゅく)をかうケースの方が高いと思います。

日本の冗談、駄洒落の類は欧米のユーモアとは必ずしも同じでない場合もありますが、その場の緊張感を解きほぐすという意味では大同小異なのではないでしょうか?

しかし、日本社会においてはユーモアはあくまでも真面目な話とは一線を画すものであり、緊張した場面でユーモアが用いられるケースは殆ど無いように思います。

何事もそうですが、ずっと張り詰めているのではなく緊張を緩和させる事も必要です。それによって、より集中力も高まり建設的な方向に向かうケースも多いのです。

日本には折角伝統芸能に『笑い』の真髄を極めた『落語』などがあるのですから、その『笑い』から生まれるゆとりをもっと日常生活にもにも取り入れるべきではないでしょうか?

ここでアメリカ人から聞いたジョークをひとつ。

二人の日本人旅行者がニューヨークのJFK空港からシカゴまで行く航空券を買うのに 『シカゴまでの航空券』 の言い方を

“ Ticket for Chicagoか、Ticket to Chicagoか”

カウンターの前で議論していて、双方自分の言い方が正しいと譲りませんでした。

すると気を利かしたカウンターの係員が
 ”for Chicago” と言った日本人に4枚、 
“to Chicago” と言った日本人には2枚の航空券を渡したそうです。

ToはTwo(2)、ForはFour(4)という意味もあるからです。

詰まり、枝葉末節名文法にこだわっていると本末転倒して本質を見失うというジョークでした・・・笑。



都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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