インターネット時代

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私はいろいろな人と付き合う中で、老若男女を問わず、パソコンやインターネットに無関心な人達と出会うことがあります。

パソコンやインターネットが万能とは決して思いませんし、特にインターネットに関しては、一部の利用方法にはいいささか疑問を感じる事もあります。

しかし、ブログ、フェースブック、ツイッターなど次々にインターネットを媒体とした新しい情報発信方法が世の中に誕生して一国の政府を転覆させる力を持った現状では、『知識が無い』では済まされない時代に突入したと思います。

そして、生活していく上でのツールとしてのパソコンやインターネットを敬遠する人達は、激変して行く世の中ついていくのは難しいと思います。





私は会社経営していた時によく社員に

「朝令暮改という言葉は、『朝指示を出して夕方にはその指示を撤回する』、と本来の意味は指示が徹底していなくて当てにならないという意味で使われているが、現代は『朝令朝改、詰まり朝出した指示を午前中のうちに改めなければならないスピードの時代』である」

と言っていました。

歴史上、現在ほど変化のスピードが重視される時代はかつてあったのでしょうか?

無かったと思います。

チャールズ・ダーウィン(1809-1882)は進化論の『種の起源』の中で

生き残る種とは、最も強いものではなく、最も知的なものでもない。それは変化に最も対応してきたものである。

と言っていますが、パソコンが普及してインターネットへの接続が一般的になってからは、変化のスピードは驚異的に加速してきたと思います。

そして、この変化のスピードについていけないものは淘汰されていくのです。

『巧遅は拙速にしかず』(どんなに精巧でも遅くては、多少雑でも早い方が勝る)

と言う格言が、正にピッタリと当てはまる時代だと思います。

日本も、本当の意味で『世界の一員』になるためには変わらなければなりません。

特に『同じ類で戯れるのではなく、異質なものを受け入れることが出来る国』に変わっていかなければ取り残されます。

日本国内でも、『自らの属している集団の利益を全体の利益よりも重視する『村社会』的な発想から脱却しないと、国として本当の意味で意思統一が出来ないと思います。

世界は日本人が思っている以上の速さで動いています。

我々が必要としている変化にはスピードが必要です。

国民一人一人が真剣に考え行動に移さねばなければならない時期なのです。

都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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