諸葛(亮)孔明

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日本では昨今『三国志』がブームになっていますが、登場するいろいろな英雄の中でも蜀(しょく)の劉備玄徳(りゅうびげんとく)に仕えた諸葛孔明(しょかつこうめい)は際立った存在感を示しています。

日本では諸葛孔明としての方が知られていますが、本名は諸葛亮(しょかつりょう)と言い、孔明は字(あざな)なのです。字とは今でいうニックネームの様なもので後に付けた呼称です。



私は父方の祖父が漢学者で、父に男の子が生まれたら『亮』という名前をつけるように言っていたそうです。

兄二人が生まれたときはまだ人名漢字になく、私が生まれたときには加わっていたので、私があやかることになりましたが、甚だ名前負けして荷が重いです・・・(笑)

さて、三国志は私の愛読歴史書の一つで、吉川英治の全巻を十回以上繰り返し読みましたが、現在の世の中でも使われている言葉や格言がいろいろ出てきます。

その一例が

三顧の礼を持って迎える

という言葉です。

劉備玄徳が諸葛亮を迎えるときに、諸葛亮の家に三回出向いて力を貸して欲しいと頼んだ故事に由来しており、転じて

『ある人間の力を借りたいときに誠心誠意お願いする』

という意味で使われています。

最近この

三顧の礼を持って迎える

という言葉がメディアでクローズアップされました。

時の首相が前復興大臣に就任要請したときの話です。

劉備玄徳も時の首相も国難に際して、ある特定の人物に白羽の矢をたて協力を要請するというところまでは同じ図式だとしても、方や『天下三分の計』を始めとする優れた政策で国難を救ったのに対して此方は、就任九日目で『人心が離れ』その職を辞さるを得ませんでした。

首相が閣僚を任命しますが、その首相を決める議員を選ぶのは我々国民です。

我々国民が力を結集しなければ何も変わりません。

政治家を非難することは簡単ですが、先進国の中でも選挙投票率が極めて低く、政治信条もなく大衆迎合に徹している政治家を見抜けず、国会に送り出している国民に最終的な責任はあるのです。

国家が健全で有ってこそ始めて社会も健全に機能して国内外での建設的な活動が可能になるのです。

本当の意味で戦後政治の総決算をして新たな日本を築かなければならない時だと思います。

都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
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