ある外国人の素朴な質問

Pocket

先日東京港区の繁華街を歩いていたら、地図を両手に持った夫婦と見られる中年の外国人が、通りすがりのサラリーマン風の人に英語で道を聞いていました。

すると、その聞かれた人は、二人とは目を合わせることも無く手を顔の前に持って行き横に振り、『自分は英語は分からない』と言うジェスチャーをして通り過ぎて行きました。

丁度、私から10メートルぐらいの距離の出来事だったので、私が用件を聞いたら、

『東京タワーにはどう行くのか?』

という単純な質問でした。英語で言うと

”How do you go to Tokyo Tower?”

と言う、中学一年生で習う程度の英語の質問でした。



東京タワーは、その場所からはビルの陰で見えませんでしたが歩いて5分ぐらいの距離のところにあるので、道を教えて分かれましたが、ふと三井物産時代に外国人から受けたある質問について思い出しました。

ある日来日していた取引先の外国人から

『ミスタートクラ。日本人は大学を卒業していると最低英語を8年間勉強しているって言うのは本当ですか?』

という質問を受けました。

『本当ですよ。』

と答えると

『それはどうしても信じられません。私は日本人は、世界で最も優秀な民族の一つだと思っていますが、取引先の責任者の人が、私に”I can not speak English(私は英語を話せません)”とニコニコして言うんですよ。』

と。

私は、『日本の英語教育は文法中心の教育で会話に力を入れていないから』と、苦しい言い訳をしましたが、考えてみれば8年間学んだ事をニコニコしながら

『私は出来ません』

と言われたら、言われた方は戸惑います。

もし、それが英語ではなく他の事だったらどうでしょう?

8年間学んだ事をニコニコしながら自分は出来ないとは口が裂けても言えないのでは無いでしょうか?

今までの日本社会は、こと語学に関しては、他の事と一線を画して『大目に見てもらえる』不思議な一面があったと思います。

しかし、これはあくまでも日本基準の判断で、世界基準の常識から言えば非常に『奇奇怪怪』なことです。

日本ではごく一般的にまかり通っている事でも、世界基準から見るとおかしな事は結構多いと思います。

こういった点に関しても、私の著書でいろいろ問題提起させて貰いました。

日本社会で一考を要する問題だと思います。










都倉 亮 について

1953年生まれ。幼少の頃11年ドイツで過ごし、アメリカンスクールに学ぶ。慶大卒後三井物産に13年勤務。その後会社経営を経て現在執筆を中心に活動。日本の素晴らしい面、世界基準に変えねばならない面を長年の海外生活で培った目で発信して行きたいと思います。
カテゴリー: 国際交流 タグ: , , , , パーマリンク

ある外国人の素朴な質問 への2件のフィードバック

  1. 大間知 総一郎 のコメント:
    私も、前の会社(麹町)の傍で、若い外人から近隣のビルの名前を告げられ、道順を尋ねられましたが、(幸いな事に?)元々知らないビルでしたので、英語で知らないと答え、冷や汗をかいた経験があります。受験英語に会話学校、でも日常で使わないとこの有様です。
    下の娘は今年女子大の英語関係の学部に入学、来年からボストンに1年間留学したいと言っていますが、果たしてどうなる事か?
    • 都倉 亮 のコメント:
      外国語の上達は一にも二にも 相手と意思の疎通を図りたいかどうか の気持ちの強さで決まると思います。

      多民族の集まる欧米では 行間を読む などという事はありえず、如何に明確に相手の事を理解して自分の意思を通じさせるか が日本の中の生活に比べてとても重要なこととなります。

      コミュニケーション力の進歩は正にそこの部分の精度を高めることだと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です